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大阪は通天閣の下に、漫才師、奇術師、浪曲師といった芸人たちがあつまり住む一郭“てんのじ村”があった。戦前、戦後、そして高度経済成長期と、大阪芸人の活躍の場が、寄席からラジオ、テレビへと移りゆくなか、時代の波にとり残された八十二歳と五十五歳の漫才コンビ。しかし、その二人に、たった一度だけ華やかなテレビのスポット・ライトが当てられる日が来たのだが──。身を寄せあって生きていく善意の人々の哀歓を、しみじみと描いた第91回直木賞受賞作。
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Posted by ブクログ
第91回直木賞。 戦後の大阪・天王寺(てんのじ)村が舞台。てんのじ村では、二流・三流芸人たちが、スポットライトの当たらない生活を送っている。 主人公は花田シゲル、夫婦漫才師。どじょうすくいなどのネタで、どさ回りではウケるが、昨今登場したラジオ・テレビにはお呼びがかからず、もんもんとしたギリギリの暮ら...続きを読むし。その後、相方であり妻である千代香を亡くし、義弟宅での隠居生活を経て、新しい相方を得て、再度芸道を突き進む。 後半、念願かなって東京のテレビに出演するシーンは息を呑む展開。 解説の黒岩重吾も実はてんのじ村を書こうとしていたが、芸人たちが自らを語らないため断念したそうだ。その点でもこの作品は芸人ひとりひとりの自負と焦りを描いていて面白い。
戦中戦後の動乱期を生きた夫婦漫才師の夫の生涯。通天閣の下、天王寺付近の長屋での人間模様。 架空の芸人ということで話は進んでいくが、明らかに実在の人物でしか考えられないような話が有り、実際「吉田茂・東みつ子」がモデルになっている。どうやら、作中のネタも全部実在するようだが、作中で漫才の描写はほとんど...続きを読む無いため、「『かぼちゃ』をやる」というような暗黙の了解があるのは少々いただけない。 話としては大阪に出てきた若者が、結構あっさりと芸人になり、奥さんを亡くし、また再出発するにあたってのいろいろなのだが、思っていた以上に話は淡々と進むので、読みやすいがちょっと拍子抜けだったところがある。通天閣の再建もドラマになるのかと思いきや、気がついたら20年位がすっ飛んでいって、主人公が本の半ばで早くも50代に突入したり、新しい通天閣が立っていたりと、時間がとうとうと流れていくのを、ただただ傍観するような作品である。 読みやすいが、ダレやすいという作品でも有る。
難波利三著「てんのじ村」運が人生を左右する芸人の世界。 敗戦から現代までの「てんのじ村」の善意の人々の哀歓通して描く。 地下鉄「動物園前駅」を降り、地上に出て天王寺方面に歩くとすぐの阪神高速阿倍野料金所わきに「上方芸能発祥地・てんのじ村」の記念碑が建っている。 このあ...続きを読むたりの正式な地名は、西成区山王町。それなのになぜ「てんのじ村」といわれているのか。 ここは明治の頃まで東成郡天王寺という行政区分になっており、洒落好きの芸人が、これを縮めて「てんのじ村」と呼び始めたのがいわれという。山王地区には昔から色々な芸人が住みついていたが、本格的に住みついたのは戦後のことである。 戦災を免れた長屋は、交通の便の良さもあって、次々と芸人が集まってきた。多い時には400人から500人の芸人が村にいたといわれている。その中には、人生幸朗、いとし・こいし、海浜お浜、小浜、ミヤコ蝶々ら後年有名になった人も多い。 小説「てんのじ村」は、この村に住みついた漫才、浪曲、奇術など様々な芸人達が肩を寄せあって生きるさまを描いた作品である。この作品を書くにあたって、作者の難波利三は、この村に住む実在の芸人から取材し、半分は実話をそのまま描いている。 主人公・花田シゲルのモデルは、つい最近亡くなった吉田茂。吉田茂は唄も踊りもあ る「音曲漫才」をおはことしていたが最後までテレビのレギュラーに出ることはなかっ た。それは、彼の芸が未熟だったというのではなく、運がなかったためである。このあ たりの事情は作品に詳しく出ている。 さて、物語は、戦争増産のための慰問団に出かけた主人公が、慰問先で敗戦を迎える場面から始まる。敗戦直後は人々は食べることに追われ、笑いどころではなかったが、やがて戦争中の抑圧の反動で笑いが求められるようになり、てんのじ村にも次々と仕事が舞い込んでくるようになる。 そして、高度成長期に入ると、ラジオに出演した芸人がまず有名になり、次にテレビに出演した者が全国的に名を知られ、次々とてんのじ村を後にする。芸の上手、下手というより、運、不運が人生を左右することも多かった。 主人公の花田シゲルがかたくななまでにテレビを拒否し続けたのも、そんなやるせなさ、悔しさを感じ続けていたからだろう。82才になって、念願のテレビ初出演を果たす主人公だが、リハーサルで大失敗をしてしまい、この場で白殺したいとまで思い詰めてしまう……。 敗戦から現代までの「てんのじ村」の変遷を背景に、花田シゲルの人生を、村の善意の人々の哀歓を通して描いたこの作品は、1984年、第91回直本賞を受賞している。 作者の難波利三は、島根県から大阪へ出てきて、ペンキ職人の手伝い、ガソリンスタンド店員、地下鉄の夜間工事、ギターの流しなどさまざまな職に就きながら大学に通った。 しかし、無理がたたったのか肺浸潤となり貝塚市橋本にあった結核療養所に入院する。半年で退院するはずだったが、病室を抜け出して遊び回ったために、入院前より病状が悪化してしまい、5年も入院するはめにあったという。 入院期間中、難波は本を貧り読み、やがて読書サークルの会長になる。そのうちに読むだけでは飽き足りなくなって小説を書き始めた。彼はこう書いている。 『五年余りにわたる療養生活がなければ、恐らく小説家にはなれず、ならず、他の道へ進んでいたのに違いない。そう考えると、人生の不思議さを、面白さを、改めて教えられるような気がする。』 結核というハンディが、結果的に、難波利三という作家を世に送り出した。まさに、「てんのじ村」を地でいくような人生の不思議さを感じさせる。 私は、木造の長屋や商店がひしめく"てんのじ村″を目指して歩き出した。ここには今もまだ10名近くの芸人たちが住んでいるのだ。
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