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「ファーブル昆虫記」にも出てくる、庭先によくいる小さくて、触ると丸くなるダンゴムシ。このダンゴムシにも「心」があると考え、行動実験を試みた若い研究者がいた!迷路実験、行き止まり実験、水包囲実験など、未知の状況と課題を与え、ついにダンゴムシから「常識」では考えられない突飛な行動を引き出すことに成功した。ダンゴムシに「まじめタイプ」と「変わり者タイプ」がいることがわかった。水が苦手なはずのダンゴムシに、自発的に水へ入っていく個体が現れた。壁登り行動の発現、障害物を「伝い歩き」するダンゴムシ……大脳がないダンゴムシにも心があり、道具を使う知能もあることを示唆するユニークな実験を紹介し、「心-脳」問題に一石を投ずる。終章では、タコやコメツキガニを使った行動実験も紹介し、「心の科学」の新しい展開と可能性を示す提案がいっぱい。
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Posted by ブクログ
心の定義の提案から始まる本書。
「心という言葉」は抽象的だからこそ、捉えどころがない。
非日常の代表である科学の現場では、心という言葉によって把握されるのは、「脳の一機能」あるいは「脳の一部分」という概念。
一方で、心が「脳の特定部位」ならば、その機能を失った同僚に対して、科学者は、心を失った人と扱うことはないだろう。その同僚を前にして「彼には心がある」とその科学者が把握する概念が日常的な心の概念であり、それは、「私の内にあるもう一人の私」だとする。
そこから発展して、心の日常的な概念、内なるわたくしは、「隠れた活動部位」であり、普段は抑制されているものの未知の状況に遭遇すると発現してしまうとする。
その定義によれば大脳をもたないダンゴムシにも心があると言える。
面白い。心に対するこの捉え方は初めて知ったので、ワクワクした。
Posted by ブクログ
ダンゴムシに心があるかの研究。「石に心があるか」などの議論から敷衍的にダンゴムシの心を導くが、綱引きしたダンゴムシの馬乗り行動が見られるなど、興味深い論点もある。
読んで思ったのが、石にも心があるという議論をするならば、逆に「心のなさ」を導く議論をするのは難しいよね。ダンゴムシにもきっと心はあると私は思うけど、「サボテンに感情があるというが、あってどうするんだろう」という漫画の話と似ていて、ダンゴムシに心が「あってどうするんだろう」という議論になる気がする。そういう議論にも面白さはあるけど、ないことの証明があることの証明より難しいとはよく言ったもので、ない、無意味、という議論自体が閉じられている気もするよね。
とはいえ、このダンゴムシの行動の研究は、心理学的な、もしくは哲学的なパースペクティブに一石を投じるものであることは言うまでもないことだが。じゃあ、私の関心領域に照らして言うなら、「木に心はあるか?」「菌に心はあるか?」になるね。これもこの人に是非研究して欲しいなぁ。
Posted by ブクログ
PHPのサイエンスワールドというシリーズがあることを知らなかった。そしてダンゴムシに心があることも知らなかった。そんな知らないことだらけのダンゴムシの心を知ることができてほんとうに幸せだ。
そして日本語が美しい。うつろい、という言葉を使って心の動きを表現されるとはかなりセンスの良さを感じる。
一言でいうとダンゴムシを通じて知る自分の心という感じか。特に第1章の「どうしてこのような行動を発現させられたのか」という問いが伏線となって、第3章の『ダンゴムシ実験の動物行動学的意味』は本当に充実しているので自分自身をよく知ることができる。
3章の「自律」に関する説明は、交流分析の「今ここへの直接的な反応である一組みの行動・思考・感情で、脚本に基づく思い込みの反応ではないもの」という自律の定義を思い出す。
Posted by ブクログ
震災の年に出版され、新聞でも紹介されていたので気になっていたが、そのままにしてしまっていた本である。科学にとって最も扱いにくい「心」を正面から扱った斬新な研究である。しかし、その実験は至って平凡なものであり、地道な観察を積み重ねたものである。
筆者のいう「心」とは、自分の中にある内なる自分であり、それがダンゴムシならば、表面的には見られない「内なるダンゴムシ」のことを言う。不断は隠れていて見えないが、いざという時にふと表面に出てくる。これを実験で浮き彫りにするために、通常では考えられない特殊な状況を作り出し、その時にどのような行動をするのかを丁寧に観察する。その状況が本能のルールでは対処できないものであるのが大切なのである。
たとえばダンゴムシは水が苦手であり、水没すると死に至るものでありながら、周囲を溝状の水で囲んだ入れ物に置くと、しばらく逡巡したあとその水を泳いで渡るものが出てくる。これは本能のなせる業ではないというのだ。予想外の行動に出た時、観察者はそれを細かく観察し、それを心の存在と結び付けていく。
筆者はこの論法で石やジュラルミンにも心があると説明している。想定外の現象を詳しく観察すれば無生物と思われるものにさえ、心の存在を見いだせるのである。ここまで来ると観察者と対象との関係に還元できるのではないかとさえ思えてしまう。
身近な小動物から心の存在を探ったところが大変ユニークであり、新たな展開がありそうな学問であると思った。
Posted by ブクログ
我が家でもダンゴムシはたくさん生息しており、過去どれぐらいのダンゴムシを殺してきたか判らない。
微々たるモノではあるやはり食害はあるので一応害虫の扱いを受ける虫なのである。青虫などに比べると可愛いモノであるがなんといっても徒党を組んで生息しているのがいけない。
本書はそのダンゴムシに心があるかどうかがテーマである、森山先生は長年ダンゴムシの研究をとおして認知科学という学問を追究されていらっしゃる。
心があるかどうかと言うことを研究する場合、当然に先ずは心とは何か、どういう状態があれば心があると言えるのかという事を検討する必要がある。と言う事で本書第1章は心とは何かと言うテーマが語られます。これはかなり哲学っぽい話題でもあります。「観察者が、さまざまな状況に応じた観察対象の特定行動を見いだせるよう、対象ととことん付き合うと言うこと」で「観察対象の心を見いだす」事ができると言う事だと思います。
第2章では森山先生がダンゴムシととことん付き合ってダンゴムシの心を見いだす過程を詳述することでダンゴムシの心について検証しています。さらに第3章ではダンゴムシ実験の動物行動学的意味と題し、動物行動学の創始者である3人の科学者の業績が心の科学へと展開されることを述べています。「行動を動機づけるための欲求の発現には、余計な欲求の発現を自律的に抑制する心の働きが不可欠」であり「その働きは、未知の状況における予想外の行動を発現させる原動力として、実験を通して確認され」るとしています。
本書は平易な言葉で書かれているものの、書いていることは良く吟味する必要がありそうです。心は幾ら科学的に解明しても哲学的アプローチを取らざるを得ないのです。
Posted by ブクログ
軽い科学読み物と思い手に取ったが、数ページ読んでは立ち止まり考えさせられることの繰り返しで、中々の読み応え。
一般に能動的だと考えられている「心」の働きを、いったん消極面に着目して抑制力とし、それをさらにひっくり返してまた能動的に捉える、と二重に反転させて記述しているために少々取っ掛かりのところで戸惑ってしまったが、それが理解できればあとは一気に読めた。
対象ととことん向き合うことで、未知の状況下での「予想外の行動」としての対象の「心」の働きが見えてくるという…たとえ対象がダンゴムシや石ころ(!)であっても。文章はドライだが、著者の対象に対するある種の愛情が至る所に感じられた。この境地に至るまで自分の道を究めてみたい、と思わずにはいられない。
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