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Posted by ブクログ
太平洋戦争に於いて、戦後に最も愚将と評された牟田口廉也中将。ビルマ(現ミャンマー)からの退路にかの有名な白骨街道を築き上げた闘い、インパール作戦を司令官として指揮したことで知られる。この戦いは大本営すら成功を期し難いものとして、中々裁可しなかったものを、「ジンギスカン戦法」と「鵯(ひよどり)越戦法」で牟田口中将が反対を押し切って認めさせたものとされる。困難が予想されたこの作戦は、当時の作戦参謀や中央から補給の困難さが指摘されたこと、余りにも広く遠い戦線で兵力が分散され不足すること、3000メートル級のアラカン山脈や川幅が数キロもあるチンドウィン川などの自然の脅威や風土病が蔓延する地域であったことなど、作戦成功に向けては数々の困難を乗り越える必要があった。時期的には太平洋戦争で陸軍が敗戦に向かう潮目となったガダルカナルからの撤退を経験した後、軍部としては何とか戦局の転換を図りたかった時期にあたる。無謀な戦いとはいえ、勝利が欲しい軍部としては、期待したい気持ちと現実が渦巻く状況に於いて、牟田口中将の主張に無理・無謀を指摘しながらも、微かな期待があった事は間違いない。一方の牟田口といえば天皇や東條英機、方面軍の指揮官である上司の河辺正三からの期待に是非とも応えるのが軍人の唯一の生き方と確信する男である。
本書は戦後評価は芳しくない牟田口中将がどの様な経緯を経てインパール作戦に赴き、無謀な戦いを続けたかを知る上で、その若かりし時代へ遡り、人間形成から見ていく内容となっている。軍人になってからは、牟田口が責任を感じていたという盧溝橋事件や、太平洋戦争開戦後の南方作戦での活躍、常勝将軍と言われた彼が、インパールで周囲からの評価をどのように変えていったか。近年、東條英機にしろ、この牟田口にしろ、それまでの戦後の評価を見直す動きが激しい。本書牟田口については特にイギリス側の戦史にこのインパールでの戦いがグレートウォーに数えられており、指揮官牟田口を始めとした日本軍の戦い方が称賛されている点も、こうした評価の転換を裏付ける文献となっている。
本書は牟田口一人にフォーカスして、その責任を問うものでも称賛するものでもない(やや後者寄りの立場をとるとも言えるが)。当時の軍部をはじめとする日本の政治や軍部の在り方、太平洋戦争の状況など、様々な要因がこのインパール作戦開始に影響しているかから追求、分析していく。牟田口だから始めたのか、牟田口以外なら始めなかったのか。こうした点を一つ一つ丁寧に紐解いていく内容となっている。結果的に牟田口はその責任を一人負うことになったが、戦争は一人の意思で始められるようなものではない。そしていざ始まれば一人で戦えるものではない。参謀は指揮官を補佐し、参加した師団長(インパールでは交代が何度も発生したが、第33師団柳田元三中将、第15師団山内正文中将、第31師団佐藤幸徳中将)の気持ちが作戦成功に向けて一つになっていることも勝利に欠かせない。実際は佐藤中将の抗命事件など、とても一つになったとは言えないバラバラの状態。一人牟田口が息巻いてどうなるものでもないし、心を一つに出来なかった責任はあくまで司令官の自分にある。
インパールを描いた作品は多数あるが、その中で牟田口を擁護する側とも取れる書籍の中では読み応え十分な一冊であり学びも多い。
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