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Posted by ブクログ
普段、意識することはあっても、そこまで真剣に考えるテーマではなかったため、刺激的でとても面白かった。序盤は読んでいて少し気が重かったが、2章以降は興味があったためかスラスラと読み進めることができ、それによって序盤の内容も後から理解が追いついてきた。
「自由」や「平等」がヨシとされている中で、意外とそれらの言葉が条件付きのものであることが明快に述べられている。わりと当たり前とされていることや、共有されている価値観みたいなものについて改めて考えてみることができる。
著者は各トピックについて話題提供を行うのみで、その答えは読者に委ねられているようである。もちろん、著者なりの見解もあり、首肯できるものもあれば、そうでないものもある。多くの人の意見を聞いてみたいと思える内容であった。
Posted by ブクログ
差別などしない善人だと思ってる自分が読んでて不愉快な気持ちになった。それぐらい無意識に正しさで他者をジャッジし排除してる。能力主義だったり、ルッキズムだったり。もちろんジャッジも常にされている。小さな潔癖が集合体となり社会全体の大きな潔癖となり、それにより行き場をなくした人々がやがて無敵の人になる。じゃ、どうすればいいのか。一生かけて考えて行動しても答えの出ないことかもしれない。ただ、前から思ってたのがネットニュースには「これは間違っている!」と正しいことをコメントすること(しなくても思うこと)で、日々のストレスを発散させてるふしがあり、またいいね!がつけば称賛にも似た快感が得られて、無料の娯楽になってるような気がする。記事も閲覧回数稼ぎのため、正しさを刺激するものを狙ってわざと書いてるのではないかと。ただしさに殺されないためにはどうすればいいのか。人の善意に優しさにかけるしかないかな。わからない。難しい。
Posted by ブクログ
白饅頭日誌(著者のサブスク日刊マガジン)の読者です。
この本はコロナ期に出版された物であることから、今とはある程度思想が違うのかもなという印象は受けました。明確にここが違うという訳では無いのですが、全体的に着眼点が今と違う気がします。
また、中で参照しているのが公官庁等のデータなどよりネット記事等が多いのは少し気になるところではあります。"物語の否定"を主題としているけれど、"好都合な物語"の否定の為に"事実"では無く"不都合な物語"を用いているイメージ。著者自身も"物語"の持つ凄まじいパワーからは逃れられなかった。
こういった批判を踏まえた上でも、たくさんの発見があり読み応えのある書物だった事に間違いはありません。願わくばもっと多くの人に読んで欲しい。
これまで目を向けてこなかった耳の痛くなるような話に、本当にたくさん気付かせてくれる。しかし個別の事案の成否よりも、よりおおきな事実に目を向けられるようになることが、この本を読む事の真の価値だと思います。即ち、世の中は綺麗に善悪二元化できるような単純なものではなく、複雑で難解で、そしておおかた不都合な事実が絡み合った物である、ということ。
読みやすさにもとても拘っている。段落分けや空間がとても平易で、肩に力を入れずに読める。"事実"ではなく"物語"ベースになってしまっているのも、読みやすさの為にはある程度仕方なかったのかもしれません。
Posted by ブクログ
先生のnoteは読んだことなかったが、この本を買った。
一つの現象に対して多種多様なレトリックを駆使して深掘りしていくのは圧巻だった。このような著者の豊穣な語彙のアプローチはSNS上での note購読者とのコミュニケーションによって洗練されたのだろう。しかし序盤と終盤が特にそうなのだが、あまりにも詩的で陶酔的な文章だと、「慈愛に満ちた人たちが作った影のある社会に対する挑戦」という本著のスタンスが崩れる気がする。
一番面白かったのさ「排除アート」の章です。存在そのものは知っていました。排除アートはまさに著者が問題意識を抱える現象の象徴のようなものである。「加害性の無自覚、無意識」を指摘する姿勢は本著の基盤であり、まさに一事例として最適。
この本を読まなければ一生考えることがなかった問題を知れてよかったと思う反面、このような社会問題とガチンコで向き合っていけるほど私には余裕がないし、根気もない。私は本著が求めるハードルの高さを超えられるのか?
Posted by ブクログ
p054 2021/11 ベラルーシ ルカシェンコ大統領
難民そのものを、西欧各国が共有する道徳律である「人権」によってコーティングして他国に向けて打ち込む、いうなれば人間ミサイル兵器として活用する方法を考案し、実際にやってみせた
p66 力強く少子化対策にのりだし、そして成功を収めはじめている国がある ハンガリー 年間予算はGDPの4.7% 首相 オルバン フェミニストでなく国粋主義者 自国民以上に出生率が高く、ますますその勢力を拡大する移民を追い出し、純血のハンガリー人をひとりでも多く増やしたいという宿願がある
オルバンがこうした政治的意思決定を断行できるのは、彼が民主主義的な手続きを簡略化または省略し、国民の権利を制限することに対してためらうことがないからであり、また移民を追い出したいという、多様性や寛容性のかけらもない国家主義的な野望を持ち合わせているからだ。リベラリストやフェミニストたちの理想を、その陣営とは対極に立つ独裁者が実現する。それもリベラリストやフェミニスト立ちがもっとも嫌悪する動機によって。
p094 キャンセルカルチャー 先進社会における人権感覚に著しく反する言動・表現を行った人を、マスメディア、ソーシャルメディア上でつるしあげで糾弾し、社会的名誉を失墜させ、なおかつ仕事や地位を剥奪し、世間の表舞台から半永久的に追放することを目的とした一連の社会運動
p097 キャンセルカルチャーのメソッドは、発言や作品が半永久的に記録され・保存されうるネット社会においては整合的で、論理的にも道義的にも一貫性が担保されていたとしても、その調和が恒久的に保持されるとはかぎらないからだ。インターネットやソーシャルネットワーク上に、個人の言動や作品の記録が、すべてのコピーやアーカイブを含めて完全に消去されない限り、保存される社会において、ある個人が「いついかなる時代・場合においても一貫して正しい無謬の人物であり続けることはほとんど不可能である
p102 NIMBY no in my backyard
p107 私は被害者という概念は、実に画期的な発明品だ
私は基本的に、すべての人の権利を尊重するが、しかし相手が私に対して被害をもたらしうるときは、その限りではない(なぜならそれは私の権利が尊重されないことになるからだ)」という留保をつけておくことで、自分の隣人になろうとするハイリスクな他人が現れたら、かれを寛大に迎え入れる道義的責任を否定することができる
p148 ある人の顔立ちやスタイルなどの外見的魅力によって、その人の価値や他者との優劣を決する概念ルッキズムが社会的に浸透して久しくなった
p193 この社会で暮らす誰もが、自分が本当に困っているときだけ、「望ましい関わり」「本当に有益な援助」を提供してくれる人が現れてくれたらいいのにと願う。だが、「面倒くさい他者」「煩わしい他者」「腹立たしい他者」との関わり合いが時折発生する状態を受け入れなければ「窮状に駆けつけてくれる親切な他者」は現れない。都合のよい他者のみを選択的に温存しておくような方法はない。自分にとって害や不快感のある人々を排除して、快適な暮らしを選ぶのであれば、自分にとって益や助けとなる人々の登場をも同時に諦めなければならない
p230 差別がいかに人間性に反する悪徳であり、受ける人の人生をことごとく破壊するのかを理解し深刻に語ることができる見識豊かな人は、差別のない世界で最後まで残される砦が能力による差別であることに気づいている
p252 ノルウェーでは、現地に滞在して清掃や保育などの仕事をしながら言語や文化を学ぶ文化交流事業の名目で設けられたオペア au pairという制度がある、だが実情としてはすでに文化交流ではなく裕福なノルウェー人の家庭における低賃金労働者の供給源として利用されてしまっている
p256 その基本理念が示すとおり、人権は本来平等であることが原則とされる。しかし今すべて人に最高品質のh人権をひとしく配布することは、そのコストがあまりに高まりすぎてしまったため、現実的に不可能である。人権思想の持続可能性を守るため、人権を傾斜配分することを正当化する論理として、能力主義はますます重用される。先進国のエリート女性が最高品質の人権を享受するためには、自国あるいは途上国に生きる自分よりの能力の低い女性たちに低品質な人権で我慢してもらわなければならない
p277 かれらが「こどおじ」になったのは、かれらを支えるつながりがなかったからではない。だれもかれらを支えるつながりになりたくなかったからだ
p289 人間は完全に孤立して生きていくことはできない。どうしたって、つながりや絆と無縁ではいられない。そこで人々は、他者との結びつきをより厳選するようになった。いうなれば、よりきれいなつながり、よりきれいな絆を求めるようになった。だれもかれもと、むやみにつながることをやめた
p291 これまでの世界であれば、なんでもないごく普通の隣人として、ゆるやかにつながりあえたかもしれない人々が、これからの世界では、物理的にも心理的にもずっと距離の遠い他人ままになる
他者から「きれいである」「有益である」「快適である」と認められる人でなければ、「つながり」や「絆」を結んでもらえなくなっていく
人間社会におてい「つながり」や「絆」は希少財になっていく
p322でも万が一、ヤクザが世の中からなくなったとしても、お前がいうようなスッキリした感じにはならんと思うぞ。さっきもいったけど、ヤクザはどうしようもないやつが最後の最後にそうなっただけのことやからな。最後の最後のその部分だけなくしたからって、どうしようもない奴が消えてなくなるわけじゃない。ヤクザでなくなったら、別のことをやる奴になるだけやろ。「ヤクザにならないだけのヤクザ者」は街にはたくさんおるんと違うか
現代社会に生きる私たちは、自分たちの快適な暮らしを守るために、なにやら厄介ごとを抱えていそうな人やその子供をほとんど無意識に不可視化・透明化して遠ざける
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