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Posted by ブクログ
浦野所有。
◆以下、ネタバレ注意◆
作者の室生犀星が詩人であるという先入観のためか、全体的に詩的な雰囲気のただよう作品でした。詩というにはあまりにも長い、父娘ふたりの数十年の歩みをつづっているわけですけど、ほとんど直観的に筆を走らせ切ったのではないか? と思ってしまうほどストレートで、よどみなく、流麗な筆致でした。
また、抽象的な心理描写が多いことも特徴といえるでしょう。父と娘の会話も、核心のところまでは言葉に表さないですし、会話以外の部分(全体は三人称形式なのですが)でも、あまりにも細かすぎる心理描写はでてきません。それゆえ、父――平山平四郎――や、娘――杏子――ら、登場人物の表情や息づかいが、読者の頭のなかで容易に思い描くことができるのです。現代小説にありがちな、あまりにも細かすぎる、ありがた迷惑的な描写はありません。実に快く読み進められる作品でした。
ところでストーリーに関していえば、この作品は悲劇なのでしょうか。
平四郎は杏子を日本一の娘に育てあげようとしながらも、結局は平平凡凡な女にしかならず、その杏子も結婚後の生活は泥沼で、たった4年で離婚してしまいます。物語の前半から中盤にかけて、杏子の存在は、平四郎にとっての宇宙のすべてであるかのように語られます。ところが物語の後半になると、今度は平四郎が、杏子にとっての全宇宙になっているのです。
好意的にみるとこの父娘は、互いによき理解者であり、幸福そうに思えます。けれども冷静に見れば、お互い、自分の存在価値を認めてくれる肉親がいることに安心しきってしまい、自分の世界にひきこもっているだけといえなくもないような気がします。
人の一生など、思いどおりに行かないものです。夢も希望も、いつの間にか現実の前に消えてなくなり、いまの暮らしに妥協するともなく、漫然と毎日が過ぎてゆく……。まさにいまの私がそういった状況であるので、『杏っ子』の作品世界には共感できると同時に、社会を生きることの虚しささえも感じてしまうのです。
物語は全部で600ページ以上。実に起伏に富み、平四郎の出生にはじまり、苦悩に満ちた少年時代、結婚、杏子の誕生、東京大森の新居住まい、軽井沢での疎開生活、杏子の結婚と、核となる出来事が見事に連ねられています。杏子の夫・亮吉のくすぶりっぷりはあまりにも惨めですが、そもそもこの話は実話なのでしょうか?
まあ、その辺のことはさておき、これほど読みごたえがある作品は久しぶりでした。「10年前に読んでおけばよかった」と思うと同時に、「何年後かに読みなおせば、きっと違った感想をもてるに違いない」と確信できる、貴重で崇高な作品だと思います。
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小説・文芸
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