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徳川体制を支えていた「仁政と武威」の揺らぎ,広がる格差と蔓延する暴力,頻発する天災や疫病――先の見えない時代を,人びとはどのように生きたのか.幕末維新を天保期から始まる長い変動過程としてとらえ,みずから動きだす百姓,自己主張を始める若者,新たな生き方を模索する女性に光をあて,その社会像を総合的に描く.
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Posted by ブクログ
268P 須田 努 (すだ つとむ、1959年〈昭和34年〉 - )は、日本の日本史学者。明治大学情報コミュニケーション学部教授。博士(文学)。専門は日本近世・近代史、民衆運動史・民衆思想史。特に悪党の研究で知られる[要出典]。群馬県高崎市に生まれる。1981年明治大学文学部史学地理学科卒業、19...続きを読む91年早稲田大学大学院文学研究科日本史学専攻博士課程満期退学。2002年「「悪党」の一九世紀 民衆運動の変質から見た近代移行期」で早稲田大学博士(文学)。2008年明治大学情報コミュニケーション学部准教授、のち教授。研数学館、河合塾日本史科講師だった。アジア民衆史研究会幹事。 「統一政権は自らを「公儀」と位置づけ、個別大名の上位権力として君臨しつつ、社会の安寧を保つ責務を担った。そしてその結果、民衆の大部分を占めた農民は、百姓という公的身分を手に入れ、いわゆる刀狩令にある「子々孫々まで長久」に存続しえる存在となった。治者となった武士は武力を独占するかわりに、百姓を恣意的に殺害したり酷使することを、理念上否定したのである。 本書では、この理念という問題を重視したい。いつの時代にも、またどのような社会にも、その政治・社会体制を維持するための制度と、それを支える政治理念が存在する。石高制・兵農分離・世襲的身分制・鎖国といった諸制度は幕藩体制を維持し、仁政と武威という二つの大きな政治理念がそれを支えていたのである。」 —『幕末社会 (岩波新書)』須田 努著 「慶応三年(一八六七)の大政奉還によって江戸幕府は滅んだ。しごくあたりまえであるが、約二六〇年も続いた幕府が突如倒れたわけではない。既存の政治体制の崩壊の起点はいつか、という問題は難儀であるが、わたしはそれを天保期に求めたい。序章で述べたように、天保期、幕藩体制を支えていた政治理念である仁政と武威が揺らぎはじめ、幕藩領主がそのことを自覚し始めたからである。 水戸藩主徳川斉昭は、天保という時代を「内憂外患」という概念で表した(天保九年〈一八三八〉「戊戌封事」)。高校日本史でも触れる有名な言葉である。彼は甲州騒動(後述)、三河・加茂一揆、大塩平八郎の乱などの広域な百姓一揆・騒動と、欧米列強の接近とが同時に起こっている情勢を「内憂外患」と表現し、それを危惧したわけである。」 —『幕末社会 (岩波新書)』須田 努著 「無宿の多くは若者であった。天保という時代、百姓として生まれた男たちには将来の〝夢〟などというものはなかった、としか思えない。また、百姓として生まれた女たちは、一〇代で経済的に安定している他家へ嫁ぐことが理想とされたが、奉公人として城下町や宿へ出て行くことも多々あった。そこでも、よりよい嫁ぎ先を見つけることが生きる目的とされていた。女性の場合、家という存在がついて回ったのである。もっとも、このルートから外れ、最悪の場合、宿場女郎に転落することもあった。」 —『幕末社会 (岩波新書)』須田 努著 須田努『幕末社会』(岩波新書)を購入。 幕末期における一般人は何を思っていたのか。偉人を追うのではなく、そのへんにいる人たちを中心に見直した歴史書。 「幕末社会」 須田努 著 幕末を農村や商人など、武士以外の面にスポットを当てた1冊。普段余り表には出ない人々がどのように幕末を生きたか、知らないことばかりだった。また、個人的にはいつの時代でも若者のエネルギーが社会を動かすことがあるのだと感銘を受けた。 「嘉永六年(一八五三)六月三日、ペリー艦隊四隻が、江戸湾の入り口である浦賀沖に現れた。このうち、旗艦サスケハナ号とミシシッピ号は蒸気機関をもつ巨大なフリゲート艦であり、ペリー艦隊は東アジアにおいて、イギリスを凌駕する最強の戦闘力を有していた。アメリカは西海岸から太平洋航路を開設し、アジア地域との貿易拠点および、捕鯨船の補給地を確保することを企図、日本をその相手として開国させるために、露骨な軍事的圧力をかけてきた。」 —『幕末社会 (岩波新書)』須田 努著 「松陰は二度のペリー来航を「癸丑・甲寅の変」と呼称し、それを国家的危機と受け止め、安政三年に「講孟余話」を執筆し、以下のように主張している。世界にはさまざまな「体」があるが、日本の国体がもっとも優れている。欧米列強 =「夷狄」は、キリスト教とアヘンを持ち込み、我が国体を侵そうとしている。ゆえに「夷狄」とは戦うべきであり、そのために、積極的に貿易を行い富国強兵の路線をとるしかない。」 —『幕末社会 (岩波新書)』須田 努著 「あたりまえであるが、一九世紀の世界に地球物理学や地震学といった科学は存在しない。当時の人びとは、地震発生の〝合理的〟説明を、大地の底にいる巨大な鯰が体を動かし地震を起こしている、という伝説に求めた。普段は鹿島神宮(現鹿嶋市)に鎮座している要石が、大鯰を押さえつけているのである──要石は鹿島神宮に現存している──。黒田日出男さんの研究によると、この要石は一四世紀(南北朝時代)の段階ですでにそこにあり、室町時代を通じて国土をつなぎ止めるものとして意識されていた、という。さらに黒田さんは、江戸時代(一七世紀後半)に大鯰が地震を引き起こすとみなされるようになった、と論じている(『龍の棲む日本』)。」 —『幕末社会 (岩波新書)』須田 努著 「ここで、一般論を二つ述べたい。一つめは、江戸時代の文化受容について、身分さらにその内部の階層が関係した、という点である。在村文化という独自の研究領域を拓いた杉仁さんは、一九世紀、在地社会の最上層が漢詩を、上層が和歌を、そして中層が俳諧を、といった実践のランクが生まれ、それぞれが文化圏を形成し、互いに交わることはほとんどなかった、と実証している(『近世の地域と在村文化』)。 二つめは、江戸時代の女性たちの読み書きについてである。彼女たちのそれは、仮名文字中心であり、ゆえに在地社会において教育を受けたのち、知的世界に興味をもった女性たちの多くは、和歌を鑑賞し創作するようになってゆく。さらに、国学に関心をもつ者もいた。そして、文久期になると、野村望東尼や第三章で登場する竹村多勢子のように、国学への傾倒から尊王攘夷運動に参加する者も出てくる。 いっぽう、小鶴は漢詩の世界に没入し、在地社会から出ることはなかった。そして、彼女のエネルギーは一人息子文の教育へと向けられた。」 —『幕末社会 (岩波新書)』須田 努著
幕末の基本的な知識がある中級者以上向けの本。幕末の本編はペリー来航以降だが、プロローグは天保からという意見には同意。 百姓や町人をはじめとする一般大衆から見た幕末という面白い切り口で、最後まで興味深く読めた。少々学問的で内容は堅いが文章は理路整然として読みやすい。
「歴史学徒の解釈に過ぎない」と巻末部の<あとがき>には在るのだが、そういう「或る研究者の見解で纏めてみた」というような内容が、歴史を巡る話題ということになると、凄く興味深い内容になるのだと思う。踏み込んでしまえば、自身はそういうような本を寧ろ求めているかもしれない… 所謂“幕末”という表現だが、色々...続きを読むな呼び様が在る筈で、その呼び方自体を色々と論議する余地も在るのかもしれない。が、本書では「所謂“江戸時代”」の基本的な枠組みとでもいうようなモノが「揺らいだ?」というような期間、同時代の人達が「“徳川さん”を頂く諸制度」について、以降に如何なるのかというようなことは「知らんけど…」にしても、「或いは終わる?」と感じられていたかもしれないような時期を「幕末」と位置付ける。 本書では「所謂“江戸時代”」を「特徴付けるモノを考えよう」という序章を据え、以降は1830年頃、天保年間に入る頃から起し、1868年の慶応4年―これは明治元年でもある…―に至るまでの「社会の移ろい」を論じてみようとしている。故に本書の題名は『幕末社会』な訳だ。 江戸幕府はその“武威”を背景に“仁政”を施すというようなことで成立していた面が在ると筆者は観ている。その“仁政”が揺らぎ、“武威”が失墜し、やがて内戦或いは分断というようになっていくのだと「幕末」を説いている。なかなかに興味深い纏め方をしている。こういうように、判り易い切り口を設けて、少し纏まった「移ろう“時代”」を語ってみるというような綴り方は有効、有益であると思う。 筆者はこうした「幕末」は“衆”とでも呼ぶべき無数の人々の力が動かし、同時に「非常に魅力的な個人」の輝きも見受けられたとしている。そういう様子が感じられる「所縁の地」を巡ってみることも試みていて、本書ではそういう内容も随時紹介されている。 「所謂“江戸時代”」は17世紀の初めから19世紀半ばまでの長きに亘る。本書の筆者が“衆”という呼び方をする、「広い階層の色々な人々の集まり」が長い時間で形成され、成長、更に成熟して質を少し変えたというのが、この長い期間のもたらした結果であったのかもしれない。その間に、現在の我々が漠然と思う以上に、社会の様々な仕組みが整っていた時期であったのかもしれない。 所謂、政治や経済という分野に偏らず、社会、文化、思潮というようなことに重点を置いて語られる「幕末」という内容の本書は非常に興味深い。 なかなかに好い一冊に出遭えた!!
幕藩体制下の末期から維新までの各地域での社会情勢を細やかに記した本。地域があちこちに飛んでいるのでつかみずらい面はあったが、丹念に調査をされて書かれていることはよくわかる書籍でした。
政治史に偏らず、幕末期における庶民の生き方を活写している。関東の侠客が勢力を増した背景も説明していて、親しみやすい。
幕末社会について、一般的な民衆、そこに生きる人々に基本的な焦点を置いて展開していく内容だった。 幕藩体制が倒れる背景において、そもそも土台に何があったのか、どのような人達がどんなネットワークでどんな思想を持っていき何が起こったのか、それらについて細かく見ており、興味深い内容も多かった。 時系列がわか...続きを読むりにくいこともあったけれど恐らくこれは私の勉強不足だし、正直日本史をほぼ勉強してこなかった人間でも比較的わかりやすく書いてくれていると思います。勉強してから読んだらもっと面白かったかも。
<目次> 序章 武威と仁政という政治理念 第1章 天保期の社会 揺らぐ仁政 第2章 弘化から安政期の社会 失墜する武威 第3章 万延から文久期の社会 尊王攘夷運動の全盛 第4章 元治から慶応期の社会 内戦と分断の時代 <内容> 幕末期を30年とみて(ペリーが来る以前から)、その間の歴史...続きを読むを「民衆」を中心に考えたもの。各章の最初にその時期の大きな歴史の流れを、そのあとで「衆」と著者が言っている、一般の人々の動きを辿っている。なかなか面白い。倒幕から明治維新は、武士の動きのように思えるが、そうでもないことがわかる。ただし、一般大衆は政治の局面を正確に知っていたわけではなく、踊らされたところもあるのだが。でも彼らの動きが間違いなく新しい時代を作っていったのだ。
幕府の武威と仁政のゆらぎ 自ら動き出す在地社会 自己主張として社会活動をする若者 自衛する農民 一章 天保 三方領知替え反対一揆 二章 弘化、安政 江戸の地震、コレラ 三章 万延、文久 尊王攘夷運動 四章 元治、慶應 天狗党、戊辰戦争
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