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Posted by ブクログ
壇ノ浦で助けられて寂光院で余生を送った建礼門院のもとに後白河院が訪ねたという大原御幸。永井路子さんは杉本苑子さんとの対談本で大原御幸はなかったわよ、わはははと言っていた。無かったと言いつつどんな話を書いたのだろうと興味があった。
現実にはなかったと思いながら、もしそうだったら、どんな言葉を交わしただろうかと永井路子さんらしい話だと思った。無関心と無感覚な建礼門院は理解できるような気がした。
その他、実朝の御台所の乳母の視点で実朝落命までが描かれた右京局小夜がたりなど全6作の短編集。
頼朝の死では、いかにして噂が出来上がるか、真実かどうかはどちらでもよく、真実であって欲しいと思う人があると噂は生まれ、真実であって欲しいと思う人が多いほど、多くの人に伝えられていく。
まさに永井路子さんの「悪霊烈伝」に書かれてあることがそのままに小説になっていて面白い。
中傷とデマを永井路子さんらしく少し皮肉って書かれているが、中世だけの話ではなく、現代にもちょっとした隙間にデマが入り込むことを言われているのだろう。
Posted by ブクログ
短編集。
「右京局小夜がたり」
「土佐房昌俊」
「寂光院残照」
「ばくちしてこそ歩くなれ」
「頼朝の死」
「后ふたたび」
「頼朝の死」では、政子と義時、三浦義村の嘘と真実を巡って、「噂って何だろう。ほんとの事って何だろう。私たちにその見分けがつくのかしら」と思う小雪の言葉が、この作品全体をうまく表しているように思う。
複雑に入り組んだ人間関係の、どこを切り取るかで見える景色が違うのは当然で。
この短編集では、敢えて周縁の人物、特にお側仕えの者を通して語らせることによって、うやむやにしながらも「彼らにしか知り得ない」ような真実みを残して読ませてくれる。
表題作「寂光院残照」では、感情を表にしない徳子の代わりに、後白河院へ物を申す阿波内侍の構図。
けれど、語らない徳子の本心はどこにあるのか。
いや、そもそも本心といえるものがあるのか。
寂光院に移った後の徳子は、どこか悟ったような気丈さで読むことが多かったけれど、この、囚われたままでいるような、諦めているような徳子像が印象に残った。
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小説・文芸
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