作品一覧

  • 江戸に学ぶ

    江戸に学ぶ

    ビジネス・実用

    -
    1巻2,750円 (税込)
    江戸時代の人びとの生活、理念で現代を検証することで、現代をどのように生きるべきかのヒントを与えてくれるはずである。江戸文明こそがこれからの日本の進むべき道を探る最良の指針となるとの思いが凝縮されている。
  • 江戸の風に聞け!

    江戸の風に聞け!

    ビジネス・実用

    -
    1巻2,750円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 100万都市江戸は、隅田川の河口付近に白魚が棲息、空には鶴が優雅に舞っていた。なぜ、そんな世界に冠たる「環境大国」が実現したのか 人の生き方、死に方。江戸期は現代人からみると思わずため息が漏れるほどの「見事な生きざま、死にざま」の人物を輩出する。そんな人物の生き方から江戸の精神風土を探る。 まちがいなく江戸文明には、混迷の二一世紀を生きる私たちへの確かなメッセージがある。
  • サツマイモと日本人 忘れられた食の足跡

    サツマイモと日本人

    ビジネス・実用

    3.5
    1巻799円 (税込)
    サツマイモが琉球へ伝わってきたのはいまから400年ほど前、江戸時代のはじめのころ。栄養価が高く、痩せた土地でも容易に育つため、日本各地へ急速に栽培が広まっていく。江戸の飢饉から人々を救ったのもこの芋で、甘藷、唐芋、琉球芋、孝行芋……とさまざまな呼び名で呼ばれるサツマイモは、日本の民衆にとって、ジャガイモと並ぶ「お助けイモ」だった。日本の各地にサツマイモにまつわる寺社が多数建てられていることは、そうしたことの証であり、民衆の感謝の現れであろう。そのように考えた著者は、日本の各地へ、「サツマイモ物語」を求めて、取材旅行に出る。この本は、こうして明らかとなった、サツマイモをめぐるさまざまな足跡を掘り起こす。そして現在も、町おこしの中心作物として栽培され、空爆が続くアフガニスタンの農業支援の中心であり、未来の宇宙ステーションでの宇宙食メニューのエースとして注目されていることを見つける。
  • ジャガイモの世界史 歴史を動かした「貧者のパン」

    ジャガイモの世界史 歴史を動かした「貧者のパン」

    ビジネス・実用

    3.7
    1巻924円 (税込)
    南米生まれのジャガイモは、インカ帝国滅亡のころ、スペインに渡った。その後、フランスやドイツの啓蒙君主たちも普及につとめ、わずか五百年の間に全世界に広がった。赤道直下から北極圏まで、これほど各地で栽培されている食物もない。痩せた土地でも育ち、栄養価の高いジャガイモは「貧者のパン」として歴史の転機で大きな役割を演じた。アイルランドの大飢饉、北海道開拓、ソ連崩壊まで、ジャガイモと人々をめぐるドラマ。

ユーザーレビュー

  • ジャガイモの世界史 歴史を動かした「貧者のパン」

    Posted by ブクログ

     書題が印象的であり手に取りました

     スゴク剥きにくい、味が地味、程度の思いしか抱いていなかったジャガイモ
     
     そんなお芋が実はとても強いやつでみんなが頼みにする存在であり、、それが故に滅亡の原因ともなったり…

     新たなジャガイモへの見方を得られたので買ってよかったです。

     (とても見やすい図と衝撃的な写真付きで深い理解の手助けになりました)


    0
    2024年08月12日
  • ジャガイモの世界史 歴史を動かした「貧者のパン」

    Posted by ブクログ

    2022/6/19
    アンデス地方、高山気候の都市を中心に盛んに栽培されているじゃがいもは、今や世界の至る所で食べられていて、人々の食卓には欠かせないものとなっている。
    もちろん日本も例外ではなく、現在でもじゃがいもで作られた食べ物や、料理の際にじゃがいもが必要になるものは数多存在する。
    そんなじゃがいもに焦点を当てて、じゃがいもという切り口から世界の歴史を見ていった本である。じゃがいもの広がりと、その国で起きた出来事は実は深く結びついていてじゃがいもの存在が多くの人々を窮地から救ってきたことがこの本を読むととてもよくわかります。
    また、植物学の観点からのじゃがいもの利点、アンデス地方からどのようにして世界へ広がっていったのか、日本ではじゃがいもはどのようにして広がっていったのかなど今まで当たり前に食べていたじゃがいもについてこれほど深く考察してある本は本当に珍しいのではないかと思います。
    じゃがいもの普及も人々の歴史と切っても切り離すことはできず、とても深いつながりになっていることや、世界の征服の歴史の背景に食の歴史としてのじゃがいもがあり、とても読み応えがある本だと思いました。

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    2022年06月23日
  • ジャガイモの世界史 歴史を動かした「貧者のパン」

    Posted by ブクログ

    歴史を動かしたというより、歴史の脇役じゃがいも、といった内容です。
    脇役がいなければ物語は成り立たない。個々で覚えてもらえることはなくても重要といったやくどころ。
    じゃがいもは米に次ぐ第二位のエネルギー量をもつ作物として人々の食卓にのっかってきました。
    今ではエステでもスポーツジムでもライ●ップでも、最大の敵としてまっさきに挙げられる高い栄養価を誇ります。
    簡単に作ることができてたくさん収穫できるこれは家庭菜園でも大人気、その代り病気に弱いことが知られず、失敗した人が種苗会社やホムセンにクレームするというそれくらい作り易い認識があります。
    考えるとこれもアイルランドの飢饉と原因は同じです。
    じゃがいもの伝搬により人口が増えたアイルランドはじゃがいも疫病の流行により、人口を著しく減らしてしまったことは有名な話で当然この本にも出てきます。
    他にも満州に渡った日本人やシベリア抑留、公害により北海道に移住しなくてはならなかった人々を支えた作物として登場します。
    このあたりは少々強引な気もしますが、川田龍吉のマッサンばりのスコットランドの娘さんとの恋物語のエピソードと男爵イモ導入を絡めて見たりと、面白いエピソードがたくさん。
    読みやすい。

    0
    2015年03月11日
  • ジャガイモの世界史 歴史を動かした「貧者のパン」

    Posted by ブクログ

    書名通り、「ジャガイモ」の歴史。
    貴重な栄養源。ジャガイモ。
    いかにして昔の人たちが苦心して、育ててきたのかがわかります。

    最後の章には、今後の食糧問題についても触れています。
    「ジャガイモが重要視される時代は、それは悲惨な時代だということです」。
    印象的な言葉でした。

    0
    2013年03月15日
  • ジャガイモの世界史 歴史を動かした「貧者のパン」

    Posted by ブクログ

    じゃがいもの偉さがよく分かった。スペイン人がインカ帝国から持ち帰ったチューニョ(乾燥いも)がpatataとしてヨーロッパ史に参入し、痩せた土地でも育つため戦争や飢饉時、産業革命下では貧者のパンとして活躍した500年ちかい歴史を追っている。今目にするものより一層不細工で、普及当初は豚の餌に供されていたこの野菜に対する根強い偏見から、人々がじゃがいもを食べ、栽培するようになるまでには工夫が必要となることが往々にしてあったらしい。プロイセンのフリードリヒ2世は「じゃがいも令」を強権発動してじゃがいもの植え付けを義務付け、兵糧を確実にして強力な軍隊をつくった。フランスではプロイセンとは対照的に、農学者のパルマンティエはわざとこっそり隠れるようにしてじゃがいもを栽培し、農民たちに覗き見をさせ、興味を誘ってじゃがいも栽培に誘導し、洒落たじゃがいも料理を工夫したり、じゃがいもの花を宮廷ファッションとして流行させるといった努力をした。ロシアでは農民たちが宗教的、文化的偏見による頑迷さからじゃがいもを育て、食べることを拒み、じゃがいもの作付け強制に反対する農民の武装闘争すら起こったため、説得によるじゃがいも栽培促進に政策を変更してその後は現在にいたるまでロシア人には欠かせない食料となっている。デカブリストの乱でシベリア流刑になった青年貴族たちが当地でじゃがいも栽培をはじめ、時代が下ってシベリアのラーゲリに抑留された日本人捕虜が飢えをしのいだのもじゃがいもであった。一方、「じゃがいも疫病」と、単作のため代替作物が無かったことがアイルランド大飢饉の原因となり、日本ではオランダ船がジャワから長崎に伝えたじゃがいもは、飢饉時や労働者などのお助け芋となったが、青年将校を5.15事件に駆り立てるきっかけのひとつともなった東北の飢饉は、じゃがいもが当地ではマイナーな存在であったため救うことができなかった。満蒙開拓団もじゃがいも栽培に力を入れて引き揚げ時、食料が欠乏していた時に地中に埋めていたじゃがいもに助けられたという。朝鮮については本書では書かれていないけれど、『朝鮮食料品史』(朴容九)によるとじゃがいも(北甘藷)は1824年ごろ「北方から豆満江を越えて入って来た」(五洲衍文長箋散稿)。甘藷が対馬経由で日本から先に入って来ていたが、じゃがいもの方が栽培方法が容易で寒冷地でもよく出来たため穀類が希少な地域では主食の役割をするまでなったという。しかし植民地朝鮮では総督府はじゃがいもではなく、サツマイモを主食を補う野菜として生産奨励し(サツマイモの方がじゃがいもよりも日本人の口に合ったからとされているが)、39年から「甘藷増産計画」5年計画で投資をして朝鮮北部のハムギョン道以外の地方で薩摩芋畑を増やし、増産率もじゃがいもより高かった。ただし別の資料によると併合から解放までの間に、だいたい155%から236%程度の間でじゃがいもも増産している。著者は足尾鉱毒事件を調べる中で鉱毒被害民がじゃがいもを栽培して命をつないでいたというところからじゃがいもが只者ではないと気に留めたと言い、広範な地域、時代をカバーしながらも要領をえていてうまくまとまった面白い本だった。

    0
    2009年10月07日

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