故・高坂正堯門下であり、現・京都大学大学院法学研究科教授(国際政治)の中西寛の著作である。
同じ中公新書に高坂の『国際政治』という古典的名作があるが、論理体系としての国際政治学を考えるにあたっては本書の方が断然優れているだろう。
・主権国家体制 system of sovereign st
...続きを読むates
・国際共同体 international community
・世界市民主義 cosmopolitanism
国際政治におけるトリレンマが冒頭に示され、その後17世紀のウェストファリア以来の国際政治の来歴が簡明に示されている。
そして、米ソの宇宙開発競争の結果、大気圏外に人間を送ることができるようになった時点で、現時点で人類が地球の地表に居住し続けなければならないという広い認識をもたらすことになった。これが仮想地球市民である。
コスモポリタニズムが広まり世界中に平和思想が行き渡れば問題が解決するなどという安直な考えは、本書においてはっきりと否定されている。
つまり現行の国際連合は、主権国家内の治安維持は各国の行政府に委任しており、それに介入することは明らかな人権侵害や治安の騒擾が行われている時ですら極めて慎重な手続きによって平和維持活動が行われることになる。
安全保障分野に限らず政治・経済分野の活動においても、各国政府がその領域内に住まう国民に果たす働きの重さは割合として減るどころか増えている。もちろん、環境問題などについてはNGO等の市民レベルでの活動が大規模化しそれが主権国家、国際社会に少なからぬ影響を与えるという点も重要ではあるが、やはり主権国家の意見・利害を調整する国連や国際会議の場においてその趨勢が決定されるということにはかわりがない。
グローバリゼーションが地球全体を覆っている現在だからこそ、地球大での普遍性の獲得を目指す価値観の創出よりは分裂性を伴う多文化主義や地域主義が主張され、自分の属する集団・地域の利益確保を目指す動きがある。
著者が末尾において「慎重な普遍主義」が豊饒な世界市民主義には欠くことができないという主張は、玉虫色で教科書的な表現ではあるが、真に重要な点なのである。現状を急進的に改革したり、他国の主権に積極的な介入をすることで画一的な価値観(それがたとえ「平和主義」であろうと)を強制するのではない。多様な価値観を受け止めながらも、様々なレベルでのディレンマを減らしつつ合意形成を目指す姿勢こそ現実主義的な人間の住む国際社会なのである。