【絶妙のタイミングで上梓された謎】
『緊急出版』と新聞広告に活字は踊るも、本書は「影の実力者 内閣官房長官 菅義偉』を改題した新装刊。総裁就任するや否やの上梓…、どおりで手回しの良すぎるなぁと訝しんだ通り。田崎史郎や大下英治あたりなら臆面もない礼讃横溢で端から手にしないが、著者ならと思い読み出す。
【著者について】
著者は小沢一郎の『陸山会事件』が明るみに出る前から追求、妻・和子からの『離縁状』を確か週刊文春だったかにスクープ。『淋しき越山会の女王』で田中政権を倒した児玉隆也を彷彿とする『ペンは剣より強し』を地で行くかのように小沢を筆誅。
時の権力者に臆することなく挑む著者だけに、地盤看板カバンを持たぬ、東北の豪雪地帯の寒村から集団就職で上京…『たたき上げの政治家』と喧伝されている以外の何か〈掘り出し物〉があるかと期待したものの、さしたる釣果はなかった。
【東北が生んだふたりの大物政治家】
小沢に関する膨大な取材を再利用しながら、菅と小沢を同じ東北出身の政治家として、対比するように話は進む。岩手県出身 小沢への私憤も混じり強い非難はあっても秋田県出身 菅にはそれはない。
確かに小沢一郎の政界での来歴と菅義偉のそれは比べるべくもない。田中角栄の秘蔵っ子として、中選挙区時代の自民党にて『擬似政権交代』と言われる、派閥政治バリバリ時代の王道を歩んできた輩。権力あるところに金と情報は集まる。ジャーナリストから見れば、小沢は向こう傷を含め『汚れ方』からして違う〈叩けばホコリが出る政治家〉の最右翼。
その小沢を著者は20年余り追いかけ、下した評価は政治家である以前のひとりの人間として、〈冷徹かつ人への愛情が著しく欠如した人物〉と断言。
小沢に比べてツッコミ所が乏しい菅に対しては横浜市議時代及びその周辺取材を通じて菅義偉の人物像を浮かび上がらせる手法で話は展開していく。
【党人政治家の系譜】
菅義偉は政界入りした後、ふたりの大物政治家から薫陶と影響を受け、それが政治家としての礎となっている。
ひとりは田中派七奉行のひとりである梶山静六。梶山が総裁選出馬時には1年生議員ながら選挙参謀に抜擢される。もうひとりは菅同様地方議員から政界入りした野中広務。ただ『加藤の乱』では、野中の逆鱗に触れ、菅は激しい弾圧を受ける。
梶山・野中・菅の三人に共通するのは『党人派政治家』であるということ。地盤看板カバンは無く、自身の嗅覚と無手勝流というか徒手空拳で切り開く。当選回数は僅かながら政界の実力者に乗していく。その『勇猛さ』に向ける著者の眼差しは小沢に向けるものとは比較にならぬほど、寛容である。
【本書の総括】
◉昭和〜平成にかけての自民党暗闘史を総覧。
◉今や希少のある党人派政治家の命脈を継ぐ菅義偉。
◉菅義偉は安倍政権が掲げた〈戦後レジームの総決算〉といった派手な命題を持たず、眼前の課題に粛々と対峙していく超現路線を歩む。
◉いざ権力闘争となれば、巧みに時を読み、白兵戦前に既に雌雄を決しているという、実に『喧嘩慣れ』した人物である。
政界には『神輿に載る人 担ぐ人 そのまた草鞋を作る人』という言葉がある。本書を読む限りにおいては派閥を持たず属さず、それを菅義偉ひとりでやり切り、首相の座に登り詰めた感がある。
軍略を練ることに長けた参謀がトップになり、安倍前首相が語った『菅政権のアキレス腱は内閣に菅義偉がいない』という見立て。あくまでも孤高の司令官として君臨するのか、お友達内閣ではなく〈チーム菅〉を形成するのか…。この視点で、菅政権を眺めるのは面白いかも。