日本人の中にモンゴルという国について十分な知識を持っている人は少ないのではないか。私もその一人だが、かつてユーラシア全域に大帝国を築き、日本にも二度の元寇として攻め込んできた国、草原を馬に乗って駆け抜けるチンギス・ハーンの姿がまず思い浮かぶかもしれない。それ以外だと、最近の角界がモンゴル相撲を経て日本にやってくる力士たちで賑わい、かつ強力な横綱を輩出し続けるイメージが強い。少し歴史に詳しい方なら、名前のインパクトからチョイバルサンを思い浮かべるかもしれない。モンゴル人民共和国の首相を務め、ノモンハン事件(モンゴル側から見るとハルハ河の戦争)でソ連と共に日本と闘った人物だ。その人物像は「モンゴルのスターリン」と呼ばれる程、残忍な手法で国内の不穏分子を様々な罪名のもとに処刑した事で知られる。あとはどこまでも続く草原と、夕陽に映えるゲルのある風景が頭に浮かぶ。日本人にとっては元寇、相撲、草原あたりがモンゴルの印象という方が殆どだろう。最近旅行会社のサイトでモンゴル特集のページを見ることが多い気がするが、他の国は殆ど行き尽くして、いよいよ非日常体験ができる様な秘境として注目されてきたのだろうか。私の周りには海外旅行好きが多いが、モンゴルに行ったという話も聞かない。
本書のタイトルを最初に見た時、「シベリア抑留」があるのだから、「モンゴル地方」にも連れて行かれたのだろう程度にしか考えなかった。だが確かに戦争終了時には、日本は正式にモンゴルを国として承認していないながらも、モンゴル人民共和国としては存在している。そして抑留者全体57.5万人のうち、2万人がモンゴルに抑留されている。確かに厚生労働省のホームページを見ると、抑留者の死亡者の特定に関して数値が掲載されており、そこには確かに「シベリア・モンゴル地域」と掲示されている。そしてそれぞれの死者数(ロシア政府発表資料)を「シベリア地域55,389人」「モンゴル地域1,655人」と区別している。この事について、我々日本人の中では、冷戦時のソ連の崩壊によって、連邦を構成する各国に抑留者がいた事は想像していたが、モンゴルに関してはその認知度は低い様に思える。
本書は、筆者が長年新聞記者として追い続けてきたテーマである、このモンゴルへの抑留者と、そこで亡くなった方の身元特定の取り組みの活動について書かれたものである。一新聞記者が何故ここまで執念を燃やし、身元特定に死力を尽くし続けるのか。その理由と共に描かれる内容となっている。前述した様に、我々日本人でモンゴルのことも、その抑留者がいた事も十分な知識を持つものは少ないだろう。そして長らく国としての存在を認めてこなかった経緯などから、国としてモンゴル国への働きかけなど(旧ソ連への働きかけに比べ)も不十分であるとする。その死者数さえもざっくりとした捉え方しかしない(天皇陛下の2000人の発言についてもふれている)。
筆者をモンゴル抑留者の身元解明に走らせる要因が何か。そしてかつての日本が大陸で行ってきた行為とは何か。その戦後の処理を含めて、国家対国家の波に翻弄される、枯れ木のように痩せ細った抑留者たち。そして誰に看取られる事なく、静かに命の灯火を消していった多くの人々。モンゴルの乾いた大地に今も誰にも探されずに埋まっている日本人がいる事を知り、深い悲しみが湧き上がってくると共に、そうした命の形跡を懸命に辿る人が居ることに、日本人としての誇りを感じた一冊。