大島育雄の作品一覧
「大島育雄」の「ヤマケイ文庫 エスキモーになった日本人」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「大島育雄」の「ヤマケイ文庫 エスキモーになった日本人」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
小説・文芸
Posted by ブクログ
「広いフィヨルドの海は湖のように穏やかで、あちこちに氷山のかけら、氷盤の溶け残りが白く、あるいは薄青く浮かんでいる。晴れわたった空の青はどこまでも深く感じられる。強烈な光線が、地球の、北極の、この海に、じかに突き刺さり、また反射する。大気は冷たいのに、陽光は頬をチリチリ刺激する。まったく、北極の夏の海の爽快さといったらない。太陽はまるで長く暗い冬のつぐないをするかのように、いつまでも天を巡るのだ。」
復刊された『エスキモーになった日本人』(大島育雄/山と溪谷社)より。
自然と身体そのものでぶつかって生きている、何かしている人の本を読むのは面白い。
著者は二十五歳で、グリーンランドの世界最北の村シオラパルクに渡り、そのまま猟師として生きることを選んだ日本人。もともと絶版だった本が最近復刊されて、元冒険部の同僚からおすすめされて読みました。めちゃ良かった。
角幡唯介さんの『極夜行』、植村直己さんの『北極圏一万二千キロ』などもおすすめですが、犬ぞりで雪と氷河の上を進み、猟をして生活するというその生活と、日々パソコンに向かって仕事している自分との、生き物としての違いが圧倒的。
読んでいて印象的だったのは、大島さんが「イヌイットの猟師に、俺はなる!」みたいな強い意志でそうしたというよりも、いろいろな経緯の中でシオラパルクに住むようになり、なんとなく流れの中で家族を持つようになり、その中で自然に猟師として生活する、身体がそうなっていくような雰囲気です。
「あるとき、やじ馬気分でラジオを聴いていた私の耳に、たいへんな情報がとびこんできた。長老イニューツァッソワが、カナックの教会の牧師に、八月某日に結婚式をしたいと要請している。そしてそのカップルは誰あろう、私とアンナ・マンミーナなのであった。」
自分で「結婚するぞ」と決めたのでも、誰かに「しなさい」と言われたのでもなく、気づいたら共同体の中で自分の結婚が進んでいて、それを地域のラジオで知る。
本人はその放送を聞き、驚き、天を仰ぎ、受け入れる。個人主義の感覚からは「どういうこと!?」だけれども、そうじゃない、いろんな中でありようを受け容れる感じ。それがまた面白い感覚で、そこは他の冒険家の人たちの本とも違うところ。
能動的でも受動的でもない、どことなく中動態的な生き方とでもいうか。最近の好みです。(『中動態の世界』、まだ積んでおり、雰囲気だけで言葉を使ってるの、ですが……)
ちょっと大げさだけれども、「自立した個人が自分の意思で決める」ことを前提にしがちな価値観への問い直しとも、どこか地続きな気もしないでもない。人生の大事なことは、案外そんなふうに、自分と世界のあいだで起きていくのかも、みたいな。
だから、どっしり構えているような感覚があったり、日々の様子を飾らずに書いたり、自分が何者かにならなければいけない、どこかに行かなければいけないという感じとは違った感じが、いい味を出している気がします。
猟の描写は淡々と、でもリアルで、アザラシもイッカクもセイウチも出てきますし、海鳥をアザラシの皮に詰めて発酵させるキビヤックという有名な珍味も出てくる。
銃や銛で獲物を獲るとか全然したくないし、キビヤックを食べずに一生を終えても全く後悔しないと思っている。だけれども、あるいはだからこそ、こういう本はコンクリートジャングルで生きる日々の隙間に読んでいて楽しい。
ということで大変おすすめです、酷暑に、ぜひ涼をとるつもりで読んでみてはどうでしょうか。
Posted by ブクログ
1947年生まれ、現在(2026年)79歳のグリーンランドでは知らない人はいないという伝説の猟師、そして現役の猟師である著者・大島育雄さん。
1972年、初めての海外がグリーンランドで、そこで待っていたのはあの植村直己さんと、キビヤの洗礼だった。「ツバメとハトの中間くらいの大きさの小鳥が五、六羽。その姿がすごい。道端で見かけるぐしょぬれの小鳥の死骸そのものだ。独特の臭いが漂ってくる。まったくなじみのうすい刺激臭だ・・・・植村さんの食べ方を、見よう見まねでやってみる。左手で頭部をつまんで、右手で羽をむしっていく。意外とすめすめ抜けるものだ。赤っぽい鳥肌がむき出しになる。植村さんはその首筋あたりにガブと食いついたかと思うと、そのまま皮をずるずる剥ぎながら口にふくんでいく。」
二度、三度とキビヤを口にするうちに大好物になり、そして見習い猟師になる。1974年、エスキモーのアンナと結婚、犬橇を習得し、植村直己よりも先に北極点に到達し、イッカクやセイウチ、アザラシを獲る本物の猟師になり、一男四女を育てていく。日本人がエスキモーになっていく16年間の記録。
そして今、「私は悟った。ああ大島さんは本当に彼ら(若いエスキモーたち)に尊敬されているのだ。古いエスキモーの伝統を身につけた本当の猟師がいまの俺たちをどう思っているのか、気にかけているのだと」(解説:角幡唯介) という伝説になっている。
すごい人がいる。今も、いる。
Posted by ブクログ
エスキモーとなって、北極圏の狩猟で生活し家族を養いっていくことがどんなに大変なことだったか、想像されると同時に
どうせ5、60年の人生だからと覚悟を決めやりたいことをやって自由に生きる思い切りとエスキモーの生活をやりぬいたことに感服しました。
2009年出版の「地球最北に生きる日本人、イヌイット大島育雄との旅」として朝日新聞記者に現地取材を受けたその後の大島さんがご家族とともにたくさんの写真付きで紹介されておりイメージが鮮明になり良かった。
こんな生き方の人が居ると知れば、ネットのあふれる情報を浴びて、新しい情報に追われている自分がなんだかなあ、と思ってしまいます。