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  • 一銭五厘たちの横丁

    一銭五厘たちの横丁

    小説・文芸

    5.0
    1巻1,067円 (税込)
    戦後30年を前にした東京・台東区の下町で、著者は、戦時中に桑原甲子雄により撮られた「氏名不詳」の人びとを探して、ひたすら露地を歩き、家の戸をたたいた。そうして探し当てた彼らが語ったのは、戦場と横丁、それぞれに降りかかった「戦争」だった。写真の留守家族たち、一銭五厘のハガキで出征した横丁の兵士たちの戦中・戦後を記録したルポルタージュの名著。 解説 鶴見俊輔/児玉也一

ユーザーレビュー

  • 一銭五厘たちの横丁

    Posted by ブクログ

    1975年刊。これぞルポルタージュ。エッセイではないが、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。
    書名の「一銭五厘」は、戦時中のはがきの料金、転じて召集令状のこと。1943年、東京下谷、その地区では、篤志の写真家たちが、戦地にいる出征兵士を慰める(or安心させる)ために家族の写真を撮影して送った。その家族の記念写真のネガがそっくり残っていた。
    家族は99家族。写っているのがどういう家族で、写真を送られた兵士はどうなったのか、30年の時を経て、それを尋ねてまわる。しかし、ことは容易には運ばなかった。ある一角は、東京大空襲ですべて焼けてしまった。写真の人たちは氏名不詳、その一角は存在しなかったかのよう、まるで「神隠し」。しかし、やがて、芋づる式にいろんなことがわかり始める。99枚の家族写真をめぐるタイムトラベル。なんとも言いようのない感動が残る。
    取材は73年秋から74年秋にかけて行われた。出版は75年2月。児玉隆也はその3カ月後に肺がんで逝去。享年38。上記の賞は死後の受賞。
    (p.s. 田中角栄のロッキード事件発覚へとつながった児玉の「淋しき越山会の女王」は「文藝春秋」74年11月号掲載。なんと、本書の仕事と並行していたのだ。)

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    2026年10月06日
  • 一銭五厘たちの横丁

    Posted by ブクログ


    昭和18年、横丁からラッパと日の丸小旗で送られ出征した兵士(召集令状のハガキに張られた切手にちなみ本書では「一銭五厘」と呼ばれる)たちの留守家族を写した写真を手に、30年後の昭和48年、著者が横丁に分け入り氏名不詳となった人々の足跡をたどるルポ。屈託なく笑う少年、恥ずかし気に微笑むお嬢さん、どういう顔をすればよいのか戸惑うような初老の親たち…一張羅で、普段着で、横丁の玄関口や小学校でアマチュアカメラマン氏の写真に納まる人々の今日では想像も及ばぬほどの波乱万丈な人生の一端が著者の足でコツコツと明らかにされるさまに、読んでいて心がわしづかみにされてしまう。
    「人生とは茫洋としたもの」と振り返る元将校、「あたしは運がよかった」と息子の生還やその後の激動を振り返り胸をなでおろす老女、元特攻の飛行士は死を覚悟した瞬間に神に近づいたと独語し、祈願参りにも関わらず息子が戦死した母親は「信心はありません」という怒りと諦めを口にする。それぞれの体験から戦争を語る言葉からは「悲惨」や「苦難」という熟語に抽象化される前の血と肉を感じるし、これこそが鶴見俊輔があとがきで述べるところだろうと思う。
    撮影から30年後の原著、鶴見による初回文庫化時点のあとがき、今回の文庫化に際しての著者の子息による解説と、ちょうど25~30年ごとに文章が折り重なる構成となっていて、体験が歴史になっていく過程がはからずも跡付けられているのだが、平成令和になってからもテレビ番組の取材で不詳とされた人物が特定されたと聞くと、歴史の中に忘却されることにあらがう一枚の写真の執念のようなものを感じてしまう。
    現代の企画であれば往時と今の写真を並べて風貌に刻まれた時の変遷を明らかにする編集となりそうだが、戦後30年の時点ではまだそうした距離感で戦争に対峙できる空気ではなかったのかもしれない。戦後80年、節目の復刊を喜ぶ。

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    2025年07月01日

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