つまり、人が受け入れやすい手応えを感じる成果をつくることが、個人が意識や行動を変えていく第一歩となる。これは、変革においても同様で、この最初の手応えを感じる成果を出すことは、変革活動を進めるにあたってもっとも重要な部分である。個人が変革に対して抱いている不安を軽減させたり、自分以外の人が同じように手応えを感じるようになったりすることで、個人や一部の集団の中で自信もって取り組むことができるようになる。自信を持ち、変革の方向性が正しいことを信じることができれば、多少の失敗をしたとしても改善・修正する行動が取れるようになる。そのような改善・修正の活動を継続して取り組むうちに、 徐々に成果は目に見えるようになり、先行指標として定められた生産性指標の改善につながってくる(図表2-4)。
生産性指標の改善は、組織における変革の浸透を促す。変革の成果を数値で見せることは大きなインパクトを与える。変革の正当性が組織において証明され、変革の推進に対する不安は払拭されることになる。そうなると、新たな行動様式は加速度を増して組織内に浸透をはじめ、さまざまな生産性指標の改善が見られるようになってくる。その結果、最終的に目標としていた企業における経営指標の改善に波及していくことになる。
どのような変革においても、経営指標の改善は、変革活動の最後となることを理解しておく必要がある。しかし、その兆候は変革の運用の段階から見られるものであり、変革の手応えはかなり早くから感じられるものである。その手応えを上手く利用して見える化して変革の機運を高め、より早く組織に浸透させていく取組みもチェンジマネジメントとして効果的なやり方である。
米国の経済学者であるハーヴェイ・ライペンシュタイン氏が提唱した 「ある選択を支持する人が多いほど、その選択に対する支持がより強くなる現象」をバンドワゴン効果と言うが、「あのチームがやれているなら安心だ。自分たちもやってみよう」というバンドワゴン効果により、 変化を好まない従業員も、他の人と同じという安心感をから新しい様式にシフトすることができる。
変革を推進するためのチェンジマネジメント
①円滑な導入
②クイックウイン
③習熟による成長
④継続的改善
抵抗ピラミッドの3つの要因
知らない(認知GAP):コミュニケーションによる情報伝達
やりたくない(行動GAP):対話、調整、交渉、Pro/Conの分類、再構成
できない(スキルGAP):トレーニングの実施、運用サポートによるスキル移管
変革定着度調査により、当初の設定の目標値に達していないなどの状況が明確になったときには、その原因をきちんと分析し、対応策を検討するなどの対策に動く必要がある。変革活動自体は、簡単には定着するとは考えない方が賢明であり、変革の定着に向けては根気強く考えていく必要がある。変革の取組みを始める際に「3年ぐらいで定着させたい」 という話をよく聞くが、大体は3年という期間で変革が定着することはなく、最低でも5年程度はかかっている印象がある。たとえば、プロジェクトで製品開発を行う開発プロセス変革にしても、プロジェクトチームを組んで検討していくことはできるが、本当の意味でスキルを有した人材が集まり、各自の専門知識を持ち寄り、より良い検討を行い、プロジェクトチームの中で意思決定していくようなことができるようになるまでには時間がかかる。また、それらのプロセス変革を組織の中すべての製品開発に広げて実施していくケースを考えた場合でも、すべてのプロジェクトできちんと関連する部署間の整合性を確保して、リスクも考慮したような計画をつくるには非常に時間がかかる。すべての製品開発プロジェクトの計画を可視化して、マネジメントできるようになるまでには、かなりの時間を要することになる。
Googleのプロジェクト・アリストテレス
①チームの「心理的安全性」が高いこと
心理的安全性とは、他のメンバーに対して「このチームなら大丈夫だ」 と信じられる状態のこと。チームメンバーは、自分の過ちを認めたり、 新しいアイデアに対して誰も自分を貶したり、馬鹿にしたりしないと信じ合っている。
②チームに対する「信頼性」が高いこと
チームメンバーが仕事をやり遂げるためのスキルを保持していて、クオリティの高い仕事を時間内に仕上げることをメンバー同士で信じ合っている状態のこと。一方で、信頼性が低いチームは、メンバーに責任転嫁する傾向が強い。
③チームの「構造」が「明確」であること
個々のメンバーが要求されていること、その要求を満たすためのプロセスおよびもたらす成果について、メンバーそれぞれが理解している状態のこと。
④チームの仕事に「意味」を見出していること
自分にとって、仕事そのもの、またはその成果に対して目的意識を感じられる状態のこと。意味を感じていれば、行動に移しやすいし、結果を出すまで挑戦し続けられる。
⑤チームの仕事が社会に対して「影響」をもたらすと考えていること
自分たちの仕事には意義があるとチームメンバーが思えている状態のこと。家族や友人に自分の仕事の意義を熱量多く語ることができる、誇りを持っている。
チームの生産性の実態調査
チームの「心理的安全性」に関する問い
①「私たちのチームでは、ミスをしてもそれを理由に非難されることはないと思えるか」
②「私たちのチームでは、自分と考えが異なることを理由に、他者を拒絶するようなことはないと思えるか」
③「私たちのチームでは、リスクのあるチャレンジが許容されていると思えるか」
チームに対する「信頼性」に関する問い
④「チームメンバーは、一度引き受けた仕事は最後までやりきってくれると思えるか」
⑤「チームメンバーは、作業の進捗状況など積極的に報告・連絡・相談してくれると思えるか」
⑥「チームメンバーは、俯瞰した視点でとらえることができ、優先順位をもって作業を進めていると思えるか」
チームの「構造」に関する問い
⑦「チームメンバーは、組織目標達成のためのプロセス(ホウレンソウ、承認、意思決定など)を理解しているか」
⑧「チームメンバーは、自主性と責任を与えられ、各自の役割・責任範囲が明確であると感じているか」
⑨「チームメンバーは、各自が求められている成果を理解しているか」
チームの仕事の「意味」に関する問い
⑩「チームのための仕事は、あなたにとって達成感を得られるものになっているか」
⑪「チームのための仕事は、あなたにとって、現状のスキルや能力に見合うだけではなく、意欲をかきたてるものになっているか」
⑫「チームのための仕事は、あなたにとって意味のあるものになっているか」
チームの仕事の社会への「影響」に関する問い
⑬「私たちチームの仕事は、事業目標にどんな貢献をしているかを理解しているか。 また、それを誇りに思っているか」
⑭「私たちチームの仕事は、お客さまにどんな価値を提供しているかを理解しているか。また、それを誇りに思っているか」
⑮「私たちチームの仕事は、社会課題にどんな影響をあたえているかを理解しているか。また、それを誇りに思っているか」
図表4-9 心理的安全な組織をつくるためにリーダーがやるべき5つのこと
⑤常に目配り、気配り、心配りを行うこと
定期的にチームの心理的安全性を評価測定する。早期に対策を講じて、 組織の心理的安全性の確保が最優先であるという姿勢を明確に示す。 チーム・組織の状態に目を配り、気を配り、心配りを行う
④成果の喜びを分かち合うこと
ゴール実現の成果をみんなで喜び合おう。すべてのメンバーに感謝する。メンバー間でも感謝を伝えあう振返りの場を作る。ゴールが実現できなくても、試みたプロセスを評価する。たとえうまくいかなかった場合でも、メンバーに責任転嫁するのではなく、ミスを受容し、失敗と向き合う
③チームと自分の存在意義をともに考え、共有すること
チームの存在意義、成し遂げたいことを伝える。お客さまがハッピーになるためにチームは行動するのだという意思を伝える。やりたい気持ちにさせる。ゴール実現のために、メンバーに役割と期待値を伝える。役割を担うために不足しているスキルや経験を補う方法も事前にすり合わせる
②チームメンバーを尊重し、参加を促すこと
メンバーと 1on1 ミーティングを実施し、彼らの鎧を脱がせてあげる。何をやりたいのか?得意分野は?苦手としている分野は? しっかり聴いてあげる。組織の成果最大化を鑑み、彼らにどうしてほしいのか?自分の考えを伝える。そして、すり合わせをする
①リーダーは自分の素をさらけ出すこと
鎧を脱ぎ捨て、本来の自分を積極的に見せる。持っている知識に限界があることや、よく間違えを犯すことなど素直に認めることから始める。
図表4-10 行動/やり遂げる組織をつくるためにリーダーがやるべき5つのこと
⑤やる気を尊重し、自主性に任せること
社員の行動はすべて容認する。すると、社員は、目標設定に責任をもち、挑戦と能力とのバランスが保たれる。さらには、情報は常にオープンであり、結果もフィードバックされるので、やる気が高まる。
④フローへの入り口を見つけること
フローとは、集中して何かに取り組み、あっという間に時間が過ぎてしまう感覚、 体験である。フローチャネル (難易度と能力のバランス)を意識し、退屈さや諦めを排除する
③成功体験を積ませること
結果期待(この頑張りはきっと成功をもたらす)と効力期待 (自分ならその頑張りをやり遂げられそうだ)を高め、行動を起こしやすくする。QuickWinを設計する
②仕事も見方を変えること
「ジョブ・クラフティング」で仕事をやりがいのあるものに変容させる。リフレーミングする。「仕事の内容や方法」 「仕事の捉え方」「人間関係」で仕事の見方を変えることができる。TDRの「カストーディアルキャスト」である
①義務感を排除すること
組織の義務感である「すべき」を排除すること。社員に「したい」という気持ちを持たせるためには 「WHY」が重要である。自分の仕事の意義や自分たちの組織の社会的インパクトを考えていく
図表4-13 学習する組織をつくるためにリーダーがやるべき5つのこと
⑤知性の発達を追及し続けること
常に「チームが成長するための最良の組織をどうすれば作り出せるのか?」と自問する。メタ認知的な思考を持ち、複数の視点と矛盾を受入、問題を発見できることが求められる
④結果の質の変化を見届けること
信頼関係の中で、共通の目的実現を目指した組織メンバーが安心して意見を出し合い、 ワクワクしながらアクションにチャレンジしていく。結果が出るまでチャレンジするので、成果は必然である。周りの人たちは、そのチャレンジを応援し、支援を続ける
③行動の質では、3つの心理的欲求を満たし続けること
「自律性の欲求」「有能感の欲求」「関係性の欲求」に働きかける。社員のモチベーションを維持、向上させる。行動/やり遂げる組織を作り上げる
②思考の質では仕事の意味を共有すること
仕事の意味や仕事の社会へのインパクトを共有していく。対話を通じて行われるコミュニケーションは、大いなる気づきを与える。チームメンバーそれぞれの「しよう」や「したい」を理解することになる。内発的動機付けを促す
①関係の質から見直すこと
お互いを信頼し合い、一緒に考える。リーダーが率先して、「鎧」を脱ぎ捨て、チーム全員の「鎧」を脱がせていくことが求められる。また、集団的知性を作り上げる関係性も重要である
チェンジアジリティ成熟度調査の評価項目
図表4-17 組織要素の設問
組織要素:設問
心理的安全な組織:組織は、新しいことにチャレンジすることは推奨され、取組みや成 果を評価する仕組みが存在しますか?
行動/やり遂げる組織:企業/事業部で変革/イノベーティブな活動が実施されており、成果 「を出すための支援の仕組みも整備されていますか?
学習する組織:個人が、自らの「能力」と「意識」を高め、組織の課題にチームで 「協働できる環境が整っていますか?
図表4-18 組織構造の設問
組織構造の項目:設問
業績志向:長期と短期の両方の取組みが推奨され、長短バランスよく取り組まれていますか?
評価制度:変革への積極的な参加や貢献を評価する仕組みが存在しますか?
スピーディな意思決定:組織として変革への意思決定の仕組みは整備され、全体的にスピーディな意思決定がされていますか?
権限委譲:組織として権限委譲の必要性とメリットは認識され、組織ごとに組織の権限委譲の範囲内で、必要に応じて十分な権限委譲が行われていますか?
資源配分:組織として予算・資源配分の仕組みが整備され、変革活動に適切に配分されていますか?
自由度の許容:組織として新しいことに取り組む仕組みが整備され推奨されていますか?
組織の柔軟性:組織として成果を重視し、成果を出すため柔軟に対応していますか?
適切なリスクテイク:組織としてリスクを評価する仕組みが整備され、適切にリスクが取られていますか?
チェンジマネジメント方法論・知識:組織として、チェンジマネジメントの方法論が整備され、活用もされて成果が出ていますか?
情報共有:組織として、情報共有の仕組みは整備され、誰もが同じ情報にアクセスでき、情報格差はほとんどないですか?
組織の改善サイクル:組織として、改善目標を設定し、成果を測定する仕組みは整備され、 目標達成のために十分な取組みが実施されていますか?
変革を推進する人材育 (タレントマネジメント):組織として、人材育成の仕組みは整備され、仕組みが機能し、人材が育ってきていが育ってきていますか?
図表4-19 組織カルチャーの設問
組織文化の項目:設問
インフォーマルなインタラクション:インフォーマルな交流を促進する環境は整備され、その中で社員間のインフォーマルな交流が自発的に行われていますか?
チャレンジ:チャレンジする必要性は社員の共通認識になっており、チャレンジが行われていますか?
信頼関係:信頼関係の重要性は共通認識となっており、組織全体が信頼関係をベースに動いていますか?
チームワーク:チームで動くことの重要性が社員の共通認識となっており、チームの成果に向けて自発的に動いていますか?
危機感:多くの社員が危機感を持っており、自発的に行動を取っていますか?
自律性・リーダーシップ:変革のリーダーシップの重要性は共通認識になっており、多くのリーダーが変革のリーダーシップを発揮していますか?
内外志向:誰もが外部環境を認識し、自社の都合よりも外部環境に即した行動をとろうとしていますか?
オープン性:社内外の積極的な交流の重要性が認識され、積極的に交流していますか?
成長意欲:組織として成長の必要性は認識され、成長意欲が高い人が増え、行動ができていますか?
意思決定に忖度は不要、正しいことを正しく意思決定する
樋口社長はまた、組織カルチャーや個人の意識改革で重要なポイントである会社の成長に繋がる正しい意志決定をすることを貫いた。
樋口社長は、リーダーにふさわしくないと判断した人材をすぐに異動させたのだ。社長就任早々だったこともあり、この異動は社内に衝撃を走らせることになった。しかしながら、「変わりたい、変えたい」という変革の意志を持った若い社員からは支持を得ていた。今、会社はどういう状況で、会社を成長させるために何をすることが正しいのかをしっかり見極め、忖度なく意思決定することが、変革リーダーの役割であり、重要な気質である。会社資源のムダ遣いを見つけ、そのムダを削減することが会社成長のために必要な施策であるというのが樋口社長の考え方である。
この事例から学ぶ教訓
星野リゾートがどういうプロセスを経て「学習する組織」への転換が図れたのだろうか。トップダウンの指示を止めたところから始まったのではないかと振り返る。これまでの指示待ちの組織カルチャーから脱却するため、社員自らが判断できるように必要な情報開示を行い、社員の判断内容、その結果を社長が信じ抜いた。フロー経営で有名なネッツトヨタ南国の横田社長も「自主性に任せる。信じ切る」と言っていたのを思い出す。また、判断のよりどころとなるビジョンを伝え続けたことも大切であった。正しい判断には、地図(データ)と羅針盤 (ビジョン) が必要だ。
また、この事例では「従業員エンゲージメント」の向上がもたらす効果が実証されている。人は、相手から信頼されている、と感じると、その人にお返し (貢献)をしなければならないという感情を抱く心理がある(返報性の原理)。相手を信頼することで、相手からの信頼を感じることができ、その結果、相手に何かを委ねることができるようになり、 気兼ねなく本音で語り合えるようになる。常に「信頼」メッセージを投げかけ、信頼貯金を増やしていく必要があるのだ。