とにかく濫読で得たような知識なんて歯抜けだらけだし、論理も浅いものばかりだから、こうした〝教科書然“とした読み物は重要である。例えそれが無機質で単語の羅列だとしても、体系化された教科書には意味がある。授業でその行間を充実させていけば良いのだから。しかし、授業を受けるような年齢ではないあなたには、「教科書みたいに体系的。それでいて授業のように知識に彩りを与える」本書がオススメだ。
少し、どんな語り口か、どんな知識が与えられるかを書き抜きしておきたい。
ー グリーンランドのイヌイット族の健康調査が行われたことがある。冬はまったく野菜を口にすることなくアザラシなどの肉だけを食べているので、おそらく血管障害(心筋梗塞や脳梗塞)が多いのだろうという予想で調査したところ、これらの罹患者がほとんどいないという結果が出たという。調べた結果、何とアザラシは哺乳類なのに冬をしのぐためにEPAやDHAをもっていたのである。
ー オウム真理教の一連の事件で連日報道された神経毒のサリンは、アセチルコリンエステラーゼという酵素の鍵穴を占拠するニセモノである。アセチルコリンは神経細胞を興奮させる神経伝達物質の一つで、通常、伝達の仕事を終えた後はアセチルコリンエステラーゼによって速やかに分解される。サリンはこのアセチルコリンエステラーゼに結合することでアセチルコリンの分解を阻害するため、本来は速やかに分解されるべきアセチルコリンが蓄積してしまう。
ー バクテリアやウイルスでは、ゲノム中の「ジャンク」が少ないことが知られている。たとえば大腸菌では全DNA配列の約86%がタンパク質をコードする配列で、ジャンクに相当する領域は14%程度とされている。院内感染で時に話題になる抗生物質耐性菌(バクテリア)の出現は、もちろんバクテリアの速い増殖スピード、全体のゲノムサイズの小ささや環境中に存在する遺伝子(DNA)の取り込み能の高さも関与するが、もう一つには、ゲノム上のジャンクの少なさによって、タンパク質の機能の突然変異が々に起こることによるところも大きい。新しい抗生物質を開発してもすぐに耐性菌が出現するのは、ゲノムに占める遺伝子コード領域の割合が高く、突然変異が遺伝子の機能に直結する確率が高いからだ。裏を返せば、私たちのゲノム上における大量のジャンクは、生じた突然変異が遺伝子の機能に及ぼす影響を小さくするための、いわば緩衝材としてのはたらきを担っているとも考えられる。
ー プロトンの濃度勾配を利用したATP産生のしくみは、風力発電にたとえることができる。2地点間の空気密度の差、つまりは気圧の差を解消するために、気圧の高いほうから低いほうへと空気が流れ込む現象が風である。この風を利用して風車を回し発電する風力発電は、濃度差を解消するプロトンの流れを利用したATP合成とよく似ているのだ。
ー 気体窒素N2は大気の気体成分の78%を占めており、反応性の高い酸素と比べても極めて安定性の高い分子である。したがって、他の分子に取り込ませようとするとかなりのエネルギーを必要とする。自然界でN2に変化を起こすことができるものの一つが雷である。たとえば一発の落雷は電圧が約1億ボルト(家庭用電気の電圧の100万倍)、電流が約10万アンペアという教しいもので、これにより窒素は酸素と反応して窒素酸化物が生じる。これが雨に溶けNO2に変換されることで植物の肥料になる。稲妻という言葉は、田んぼに落雷するとイネの収量が上がるからであるといわれているし、五穀豊穣を願って飾られるしめ縄につける白い飾り(紙)は雲と稲妻を表したものとされている。
稲妻の由来に感動して旅先のバスの中で思わず声が出そうになった。こういう事は中々無い。間違いなく、素晴らしい本だ。