漫画というか、グラフィックノヴェルというかでたどるアーレントの物語。
入門書とかでよく「人と思想」みたいなものがあるけど、これはほぼ「人」にフォーカスしたもの。
代表作といえる「全体主義の起源」「人間の条件」の説明もほぼない。それを書くにあたってのアーレントの人としての思考のありようについての物
...続きを読む語です。
そもそも本の半分以上はアーレントの著作活動が本格化するまえ、つまり早熟な幼少時代、大学でのハイデガーとの出会い、ナチスの政権掌握にともなうパリへの亡命、ナチスのフランス占領にともなうアメリカへの亡命、その期間における戦後に有名になる思想家、芸術家、活動家との出会いが描かれている。
アーレントの本は、こうした体験を通じての思考の積み重ねがグッと深まって言語化されたものともいえるので、このあたりは大事なところだと思う。
もちろん、アーレントのこの波乱の人生物語は、スリリングなものなので、読み物としても面白いし。
純粋な史実だけでなく、著者の想像、妄想などを織り込んだ物語であることを点を理解した上で読めば、アーレントという複雑な人に接近するとよい道になると思った。
そういえば、アイヒマン問題については、わりとさらっと描かれているのが不思議だけど、この本の伝えたいところでは必ずしもなかったのかな。アイヒマン問題を中心に描いた映画「ハンナ・アーレント」もあるので、そちらのほうも観れば、人としてアーレントの理解を補うことができるかな。
個人的にはヤスパースとの関係ももう少し描いてもいいのではないかと思ったが、やはりこういう作品では、どこかにフォーカスを絞る必要があるということかな?
などなど思いながら、最後の数ページで晩年のアーレントを読み、最期に到達すると、なんだかウルッとしてしまった。
あと全体主義の恐ろしさが、亡命者の視点として、じわじわと日常に浸透していくところが感覚的に伝わってくる。そして、これは今、世界で起きていることとかなりパラレル。
自分たちの日常が以前どおりに続いているとしても、足元では地盤はどんどん侵食されていて、目にみえるときには手遅れ、ということになるかもしれない。
そんな感覚もあった。
漫画と思うとちょっとお高い本なのだけど、内容的には十分な読み応えがあるし、ときどき読み返すのに便利。
アーレント初心者だけでなく、マニアにおすすめできる。