杉村伸一郎の作品一覧
「杉村伸一郎」の「算数文章題が解けない子どもたち ことば・思考の力と学力不振」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「杉村伸一郎」の「算数文章題が解けない子どもたち ことば・思考の力と学力不振」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
コロナがあって、人の顔や口や表情を見ながら話す機会が少なくなった。zoomやskypでは比較的一方通行の会話になりがちで、会話のキャッチボールがしにくい。画面越しで話を聞く際に、本質的に「耳を傾ける」動作が減った。家族の食事の時間がバラバラで、食事を摂りながらの会話が少なくなった。文字でのコミュニケーションは増えても、語彙は少ない。短文、単調、絵文字。空気を読む、正しいかの答え合わせは無い。もしくは間違えていた場合は、全て終わる。空気を読むのは、行間を読んだり行間を埋めたりする事とイコールでない。
読書から得られる文章能力の個人差が顕著になっている?ネットニュースは、興味がある事ばかり出てくるようになる。
他人と認識が違う事に気がつけるチャンスがない。一度の失敗でも人生の致命傷になりやすい。誤る事で得られる事より失うものの方が大きい。
他人に無関心でいる方が、辛い目に遭わない最善策となってる。諦めている事の方が、諦めないより心身へのダメージが少ない。
悪い意味で、合わない人と簡単に縁を切れる。逆に会う人を見つける手順はどこにも書いてないので分からない。分かった振りでも生きていけるけど、ずっとストレスから解放されない。
Posted by ブクログ
先日読んだ広瀬有紀さんの『ことばと算数』で取り上げられていたこともあり、こちらも読んでみることにした。
子どもが誤ったスキーマを身につけてしまうこと、それを修正するメタ認知が働かないことなどが印象に残っている。
ではどうするのか、についてはあまり具体的なことが書かれていなかったので、そういったことが分かればと思い、少し専門的ではあるけれど、この本も読んでみることにした。
(思いがけない自分の向学心?に自分で驚くよ。)
小学生のつまずきの原因をさぐるために、アセスメントとなるテストを開発し、その結果を分析したもの。
だから、本書でいう学力は、受験でいい学校へ受かるための学力とは少し違う。
この本での「学力」とは以下のようなものだ。
新たな情報を認知能力と推論能力を駆使して自分が既に持っている知識の体系に組み込み、統合し、拡張すること(p168)。
ただ知っていても使いこなせない知識は、学力ではないという立場だ。
そして、学習のつまずきとして6つの要因が挙がっていた。
1)知識が断片的でシステムの一部になっていない
例:足し算の手続きは知っているけれど、どういう時に使うべきかや、引き算との関係が理解されていない。
2)誤ったスキーマを持っている
例:数はものを数えるためのものという考え→分数や少数の概念の邪魔をする
3)推論が処理能力とかみ合っていない
例:複雑な手続きがいる作業だと、認知的負荷の高さに負けて推論が利かなくなる
4)相対的にものごとを見ることができない
例:100mを紙の上の10cmに置き換えて図示することができない
5)行間を埋められない
例:「30パーセント増量」という問題文の表現から、書かれていないもとの分量の「100パーセント+30パーセント」を掛けないといけないという推論ができない
6)メタ認知が働かず、答えのモニタリングができない
例:「14人の行列で自分の前に7人いる」という問題に対し、「14×7」と立式し「98人」という行列よりはるかに多い人数が出てきても気が付かない
7)問題を読んで解くことへの認識の問題
例:何のために算数を学ぶのかがわからず、文章に出てくる数字を適当に組み合わせて計算すればよいという考えを形成してしまう
これ、小学生だけの問題ではないのでは?
自分の周囲に中高校生、大学生を教えている人たちがいるけれど、これと似たようなことが起きているという。
これらの原因が取り除かれていないのか?
それともある課題については乗り越えても、上級の学校での学習課題の中でまた同じようなことを繰り返している、ということか?
さて、これら7つの原因を一つ一つつぶしていけるのかというと、そう単純ではないようだ。
それぞれの力が相関しているからだ。
例えば空間認知能力だけを取り出してトレーニングしても、算数の学力が高まるわけでもないという。
そこで著者たちが提唱するのは、つぎのようなこと。
上記七つの原因を複数組み合わせて学習課題を作り、認知処理の負荷をコントロールしながら取り組ませていく、ということだ。
その学習課題とはどういうものになるのだろう?という問題はあるけれど、問題解決への道筋が示されたことはすばらしいと思う。
また、簡単な問題から複雑な問題へ、という「教育的配慮」が誤ったスキーマを固定化させてしまう可能性があるという指摘は考えさせられる。
単純なものから難しいものへ、というのは、私たちが受けてきた教育のやり方だったわけだが、それに問題が潜んでいるということだからだ。
割り算なら、まず割り切れる数の計算で慣れさせて…という配慮が、「分数は整数で答えが出る」という誤ったスキーマを持たせてしまい、のちに割り切れない演算に進むとパニックを起こす…など。
なるほど、と思う。
が、スキーマの誤り方は人それぞれで、事前に対応などできないこともわかる。
だとすれば、個人が試行錯誤をして進む余裕が必要なんだろうが…それが集団教育じゃ多分難しいんだよね。
Posted by ブクログ
ゆる言語学ラジオから今井むつみ先生の魅力に触れ、書作初挑戦。
最近の子供たちは読解力が不足している、学力低下の危機と巷で騒がれ始め久しいが、認知心理学という学問の観点からのアプローチの軌跡を読み知れる。決して〇〇のせい!とは断定せず、複合的な要因があるのだと真摯な姿勢で説いているのが非常にアカデミックで好感が持てる。
言語能力が学力に深い関わりを持つという一般的な評判に対する金言
個別でことばを多く知っているのではなく、学力とは組み合わせによる推論力が重要
P164
しかし、そこで想定されている「言語能力」は、ほとんどが語彙のサイズ(どれだけ多くのことばを知っているか・・・)であった。しかし、・・・「語彙の深さと広さ」よりも、「空間・時間のことばの運用」のほうが頑健に「学力」を説明することを示したのである。
「1」に関する多義性への言及。これは曖昧に何となく使用しているけど、一義的なスキーマを持っていると抽象的な算数の理解の足かせになってしまうのか。
P116
「1」には、モノを数えるときに、1個ある、という意味で「イチ」を使う場合と、任意のモノの量を「1」として、それを分割したり、比較の基準にしたりするという意味の「イチ」がある。
自分も数学文章題に対して、部分点だけでもいいやという投げやりな態度で取り組んでいき、だんだん嫌になって諦めた口がある。どこに躓いているのか、自分のスキーマの更新や折り合いを避けていたのだなと痛感。
P183
抽象的な算数の概念と自分のスキーマがぶつかって混乱するからつまづくのである。
P184
算数が分からない、問題が解けない経験だけが積み重なってしまい、しまいには自分はいくら勉強してもしても算数文章題は解けないという学習性無力感に陥ってしまう
では、どのように謝ったスキーマを正していくよう指導するのか、家庭学習の大切さは次回に繰り越されている。次回作が待ち遠しい。