グレゴリー・J・グバーの作品一覧
「グレゴリー・J・グバー」の「「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「グレゴリー・J・グバー」の「「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
でかまま的に、大当たりな一冊でした。
構成が素晴らしく、タイトルとは一見無関係な事柄が有機的に絡み合い、取りこぼされることなく、総括されていく様は見事としか言いようがない。
著名な物理学者たちが、猫という不思議な存在と意外なところで結ばれていたり、自然というか、進化の賜物を前にして戸惑ったりしている様がありありと伝わってくる。
そして、科学というものが新しい技術による観察によって大きく動くこと、いまなお謎のままになっている事象があり、知り得ていることは存外と限られていること、それを改めて痛感する一冊だった。
オッカムの剃刀が通じない世界を前にして、それでもそのもろい剃刀を手に挑むしかないのかもしれない。それでも今ある武器を手に果敢に挑む科学者たち、そして新たな技術という武器を模索している彼らを前にして、でかままは賞賛の拍手を送りたいと思う。
Posted by ブクログ
著者は頭の子音を揃えた、原題「Falling Felines & Fundamental Physics」というタイトルがお気に召しているようだけれど、もし書店の本棚にこの背表紙の本が在ったとしても目にとまるか微妙だなと、まず思う。それは米国流のエスプリなんだろうと思いつつ、邦題の少々くどい言い回しの方がより多くの人の好奇心を刺激するだろう(猫だけに)。ただし、本の内容としては原題の方が正確に内容を要約していて、うっかり「ネコひねり」の問題のみ取り上げた本だと思って読み始めると、あちらこちら寄り道するように語られる物理の基礎的な法則に関連する逸話とかが少々余計に思えてしまうかも知れない。でも基本的に著者が目論んでいるのは日常の些細と思える現象に実は物理学の根本に関わるような問題が絡んでいるってことに専門家以外の読者にも気付いて欲しい、興味を持って欲しい、ってこと。
「ご冗談でしょう、ファインマンさん」で有名な物理学者ファインマンも、自身の研究対象であった量子電磁力学に関する啓蒙書を書いているけれど(そのタイトルはズバリQED。量子電磁理学、Quantam ElectroーDynamicsの略でもあるけれど、もちろん証明終わり、Quod Erat Demonstrandumも意識はしているんだろう)、こういう科学啓蒙書を欧米の科学者は比較的熱心に出版するという印象はあって、なるほどこれもそういう一冊なのか、と読み終えて腑に落ちた。確かに、特に米国では、そういう出版物はポピュラーだしね。
日本でも講談社がブルーバックス・シリーズを出し続けて、いわゆるポピュラー・サイエンスというジャンルの本はあるにはあるけれど、少々残念なのは、新書ではなく単行本として本格的にそのジャンルを手掛ける専門家が少ないこと。また海外で話題となって翻訳されて日本で紹介される際にも、どうかすると「話題性」のようなものに焦点が先に当たった形で紹介されることが多く、科学的好奇心が喚起されるかどうかは二の次的な感じがしてしまうところ(出版社の責任ではないけれど)。例えば少し前に話題となったカルロ・ロヴェッリの「時間は存在しない」とか、更に遡ればスティーヴン・ホーキングの「ホーキング、宇宙を語る」とか。もちろん、それはそれで専門家が考えていることが広く知られるようになったという意義はあっただろうけど、読んだ人が自分でも考えてみるように仕向けた本というのは、日本では余り人気がないような気がする。ファインマンが「QED」を道端で嬉しそうに読む少年の写真を研究室に飾っていたという逸話を何処かで読んだ記憶があるけれど、そういうレベルで科学に対する啓蒙活動というのがもっと盛んになればいいのにといつも思う。なんて言いつつ、自分も原題通りの邦題なら手に取ってないかも知れないので、他人事じゃないんだけれど。そんなことを考えていて思い出したけれど、ポピュラー・サイエンスの本を何冊も翻訳している青木薫さんの仕事にはいつも感心しているってことは書いておきたい。
さて、本の内容としては、確かに猫が空中で行うくるり一回転の宙返り(ニャンコ先生は三回転もできるけど)は、どんな力学的な運動として説明できるかということを中心に書かれており、それが思いの他深遠な物理学的難問であることが徐々に明かされていくという筋立て。そういうと何だかハリウッド映画の宣伝みたいな「ストーリー」に聴こえてしまうけれど、実際には、如何に人間が物事をなるべく単純な原理で説明したがる生き物であるかということの裏返しの話とも言える。実際、物事を深く理解すればする程、実態はより複雑であることが解ってくるというのは、きっとあらゆる分野の実務経験者が実感していることなんじゃないだろうか。データ解析の例を取ると、最初は直線回帰で推定することで満足していたものを、より精度よく推定できる関係式を導こうと多次元化、非線形化して推定誤差を小さくしようとするのはよくあること。けれど、それが実際の現象の「正確な」描写なのかは別問題。実は、本書のいいところは、その視点をちゃんと押さえているところだと思う。
世の中ビッグデータ解析だのマシンラーニングだのと人が単純にイメージできる関係を越えたデータ解析の結果を志向する方向に流れているけれど、現象を再現することと現象を理解することは違うってことがはっきり認識されていないことが多い気がしてならない。理解とは所詮人間の脳が持つ能力で因果関係を見出すということなのだから、ともすればカオス的なふるまいが絡んでくる自然現象の詳細全てを説明することとは自ずと意味が異なっていて当然だ。本書の話で言えば、猫が角運動量や重力場の影響や流体力学を駆使して空中で回転する筈もないけれど、その動きの大まかな必然性を物理の言葉で言うこともできるというのが、本書の提示する「理解」であり、Fundamental Physicsという言葉のニュアンスでもある。一方で、猫は進化の結果得た生物学的能力や個体の経験値(当然、宙返りにだって個体差はある)を基に何気なく宙返りをやってのける。人間の体操選手だってもっと複雑な動きを、訓練で覚え込ませた身体と脳の出力結果としてやってのける。もしも違いがあるとすれば、人なら力学的に分析した結果を運動野ではなく前頭葉でも理解して改善できるってことかも知れないけれど、猫の宙返りの研究を体操選手が参考にしたという話は本書では少なくとも取り上げられていない(ただし宇宙飛行士が宇宙空間に漂う船内でどう姿勢を制御するかに応用したという話は出てきます)。