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藤崎一郎
1947年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学、米ブラウン大学、スタンフォード大学院にて学ぶ。1969年、外務省に入り、北米局長、外務審議官、ジュネーブ国際機関日本政府代表部大使などを経て駐米大使を務め退官。日米協会会長。第二の人生では教育研究関係に進み、上智大学、慶應義塾大学、昭和女子大学特別招聘教授などを経て、現在、中曽根平和研究所理事長、北鎌倉女子学園理事長、東京音楽大学特別招聘教授、お茶の水女子大学経営協議会委員、文部科学省科学技術・学術審議会専門委員などを務める。世代、国境を越えて交流し、新しいことにチャレンジするのが好き。オートバイ、モーターボートの免許を取得。
まだ間に合う 元駐米大使の置き土産 (講談社現代新書)
by 藤崎一郎
「若いうちは先のことなんか考えず、自分が夢中になれることにのめりこめ」 これは無責任なアドバイスだと「はじめに」で書きました。若いうち夢中になっていたことが現在につながったり、たまたまいい結果を生んだりした幸運な人が、自分の経験を一般論化して話すケースが多いのだと思います。うまくいかなかったその他大勢の人は黙っているのです。 自分の人生ですから自分で設計するのが当然ではありませんか。自分が考えなくていったいだれが考えてくれるのでしょうか。
「たしかに神様に与えられたものにちがいはあります。でも一つだけ公平なところがあります。誰にでも人生は一回しかなく、また時間は絶対に逆戻りしません。一回しかない人生でなにをするかを決めるのはあなた自身です」 といいます。成績がいいから医者や科学者にとか、逆に成績が悪いから将来のことなんか考えてもたかが知れている、とあきらめるのは早すぎです。学校の成績だけで人生が決まるわけではありません。まず何が好きか、何をやりたいかを自分で考えるのです。
そうは言っても、試験や部活や友人関係など目の前のことで忙しくて将来のことなんか考えているひまがないという人が多いでしょう。 そういう人にわたしは、 「もしも人生で1本しか映画を見られないとしたらどうかと考えてみてください」 と言っています。どうせ見終わってしまったら同じことだから、いきあたりばったり映画館に入るという人はあまりいないでしょう。一生に1本だけしか見られないなら、できるだけ満足するものを選ぼうとすると思います。そのためには映画評を読んだり、実際に見た人の話を聞いたりするはずです。そしてコメディか、ホラーか、ファンタジーか、アクションか、恋愛ものか、自分の好きな分野の映画を選ぶでしょう。そのほうが満足感が高いはずです。人生での重要な仕事選びや配偶者選びも同じことです。自分の思いに合った仕事やパートナーを選ぶかどうかで一生の満足感がちがうはずです。
と若い人に説く人々がいます。これらはたしかに重要な問題です。しかし、「まず自分の人生の目標を考えましょう」とわたしは言います。一見、自己中心的にみえます。が、ちがいます。そうした大きなことに関心があるならば、そういう問題に関わって自分なりの貢献がしたいと思うのが当然です。地球温暖化に警鐘を鳴らすスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんや女性の学ぶ権利を訴えるパキスタンのマララ・ユスフザイさんのように 10 代の少女のときから大きな国際的発言力を獲得した人もいます。しかしそれはきわめて例外的なケースです。 はたして自分がどうやって自分の関わりたいことに取り組んでいけるか。政治家としてか学者としてか、企業人としてか、ジャーナリストとしてか、官僚としてか、いろいろあると思います。関心のある問題によりますが、自分の今の毎日がそれにつながる道なのだと考えるべきです。まずは自分の関心ある問題に関われる立場に近づけるように自分をつくることを考えることが大事です。
国際機関で活躍したいと思う学生がいたとします。もちろん大学を出てすぐ入る道もあります。しかしそこから始めて意思決定にかかわるレベルに到達するのは極めて困難です。ガーナ人のコフィ・アナンは世界保健機関(WHO) の一番下からキャリアをスタートさせ、国連事務総長にまでなりましたが、これは唯一といっていい稀なケースです。国連の幹部レベルのポストに空きができて公募されると、時には世界中の国連機関に在籍する100人以上の人が応募するようです。書類審査を通って面接に進み、選ばれるためには、博士号を持っているとか自国政府から推されることが得策だということは経験者に聞けばわかります。これまで日本人で国際機関のトップを務めた人はすべて日本政府の強力な推薦を受けていました。
部活には、スポーツや一生の趣味を見つけるとか友達づくりとか集団生活を覚えるとか、多くのいい面があります。関心があれば、やったらいいと思います。ただし、授業と部活だけで毎日のほとんどの時間を費やし、惰性に埋没してしまわないよう気をつけてください。本を読んだり、好きな場所を訪れてみたり、友達と議論したり、自分で考えて時間を過ごすということもしなければいけません。授業プラス部活でクタクタになる毎日はまさに兵隊の生活です。
また、部活をする場合、メダルや賞状を手に入れるために汲々とするより、技を身につけたり、体を鍛えたりして自分自身を価値あるものにしたほうがいいと思います。スポーツだけでなく英語のような勉強でもそうです。家の棚に英語弁論大会のトロフィーを飾るよりすこしでも実際に英語をしゃべれたり読めたりするほうに意味があります。自分を強くすること、「自分への投資」 を心がけてください。それが将来の自分の可能性を大きくしてくれるのです。
将来どんな道に進んでも役にたち、必要となる二つの武器をわたしは中高生のときから身につけると良いと思います。 英語とコンピューター です。この二つが自由に使えるかどうかで大学生活も社会人生活もまったく変わってきます。これからの社会にでていくためのパスポートです。わたしのいる中学高校では、このため新規に4人のネイティブスピーカーの教員を雇用し、生徒全員にタブレットを支給しました。
アクティブ・ラーニングの一環であるグループ討議は有用な勉強法です。口に出すことで頭の整理ができますし、記憶の定着化に役立ちます。しかし、講義を聞いたり、本を読んだりして知識を持ったうえでディスカッションしなければ単に雑談会か井戸端会議になってしまいます。留学のところでも触れますが米国の大学では大量の課題図書を読ませ、そのうえで討論させています。全体の姿をわきまえず形だけ新しいスタイルに引っ張られるのはあぶないと思います。 ですからタブレットと紙、講義とディスカッションは併用すべきです。この組み合わせないし混合をわたしはハイブリッド教育と呼んでい
「なにを勉強するかは、時間、場所のモノサシで考えて、将来でも役に立つような社会の基本的な枠組みや世界のどこでも役に立つ技能を学ぶといいですよ。また、自分が文系ということにとらわれないほうがいいですよ」 と言っています。以下に述べることは学者になる人ではなく、一般学生へのアドバイスです。 時間のモノサシ というのは、あと何十年たっても役に立つかということです。法律や経済金融などの社会の基本的な枠組みはそんなに変わりません。ですからこういう勉強の成果は長持ちします。社会人になって余暇に寝ころんで民法や商法の本を開く人は少ないでしょう。経済、金融、簿記などの仕組みもやはり基本ですからきちんと学生時代に勉強しておくことが有用だと思います。
さらにいえば、これからの時代、理系とか文系の枠にとらわれ過ぎないことが大事です。文系を自認する人もAI(人工知能)、IT(情報技術)、量子力学などの新しい科学に食わず嫌いで背を向けるのは損です。新しい科学技術は安全保障や経済を論じるときも鍵になってきます。
場所のモノサシ というのは、世界のどこに行っても自分の武器になる学問や知識かということです。たとえば外国や国際機関に行って日本でアメリカ文化やフランス政治を専攻しました、と言ってみても、先方からそれならむしろ米国人、フランス人の口から聞きたいと言われてしまうでしょう。日本人は日本語の上手な外国人の口から日本についての分析や評価を聞きたがります。しかしそういう奇特な国民はほかにあまりいません。文学もなかなかその国のネイティブには太刀打ちできません。
わたしの若い友人でベンチャー・キャピタリストの山本康正氏はその著『シリコンバレーのVC=ベンチャーキャピタリストは何を見ているのか』(東洋経済新報社) でつぎのように書いています。 「これから求められてくるスキルをもっと踏み込んで書けば、この4つだと思います。 データサイエンス、プログラミング、ファイナンス、そして英語 です。どの業界に行っても、この4つの技能は使うことになる」 見事に言い切っています。これはいいアドバイスだと思います。 これに対し、こういう考え方は大学を専門学校化してしまう、むしろ大学では歴史や哲学などの学問を勉強し、物事の考え方を修得すべきである、応用はあとで利くという考えもあります。しかしどんどん技術が発展していく現代では、大学や学校を利用して山本氏のいうようなツールや、わたしが先に述べたような将来も役に立つような枠組みの勉強をしたりしておくほうが得策だと思います。
大学入試までは記憶力がものを言いますが、そのあとは後述する二つのソウゾウ力──想像力や創造力が大事になるというのはある面、正しいと思います。あくまである面です。記憶力は想像力や創造力の基礎として重要です。ググれば何でもわかる、だから、記憶力は重視しなくてよいと言う人は簡単に考えすぎです。発言や書くことは自分の頭の中からひねり出す作業です。頭の中に読書や経験から得られた蓄積がなければ引き出しようがありません。逆に膨大な蓄積があっても瞬時に適切に取り出すことができなければ宝の持ち腐れになります。取り出しのうまい下手は生来のものもありますが、経験の積み重ねとオプションを常に考える訓練によってかなり向上できると思います。
二つ目は「インプット」 です。社会人になると、大変な量の仕事、勉強に追われます。残念ながらなかなか大著を読んだりする暇はありません。けっしていいことではありませんが実態です。古今東西の文学や伝記を読んだりするのはまさに学生時代が一番適しています。そして一度こういう大作を読むと二度目も手に取りやすくなります。夏目漱石、森鷗外、川端康成、井上靖、遠藤周作などの日本の本、あるいは、トルストイ、ドストエフスキー、スタンダール、バルザック、ジイド、ゲーテ、ヘッセ、モーパッサン、モーリアックなどの外国物も面白いです。 新刊書は会社に勤めてからでも読むでしょう。中学高校大学時代に長い文学書や伝記、歴史書を読むことをぜひ勧めたいと思います。
三つ目は「疑うこと」 です。大事なことは著名な内外の人の言うこと書くことをう吞みにしないで、自分の頭で考え直すことです。何に書いてありました、誰それが言っていました、などというのはある意味で「自分はインテリではありません」と告白するようなものです。
四つ目は「英語」 です。これについては第3部でまとめて後述します。
五つ目は「想い出づくりにいそしまない」 ことです。こういうとちょっと驚かれることが多いのです。社会人となると自由時間はなくなるので学生時代に旅行したり友人と想い出づくりしたりしたいという声をよく聞きます。たしかに自転車日本縦断やブータン王国訪問などといったことは普通の社会人になるとなかなかできないでしょう。わたしも大学時代、欧州のユースホステルを渡り歩いたときの失敗や楽しかったことはときどき思い出します。
当たり前の話ですが、名前だけで志望先を決めるのは危険です。たとえば国の名前を見ると朝鮮民主主義人民共和国つまり北朝鮮は国名に民主や共和がついています。でもどう考えても民主的でも共和制でもないでしょう。
外資系企業が人気です。オフィスも一等地のタワービルなどにあります。給与は高く、日本の企業より先例主義や年功序列にしばられません。若いうちにやりがいのある仕事をまかされると言います。それはたしかに魅力です。 そういうところをつぎつぎに移動してステップアップしていくのも一つの道です。わたしの若い友人にもメールや手紙をもらうたびに勤め先が替わっている人がいます。いろいろな経験が評価されてヘッドハンティングされるのでしょう。日本の会社に入る場合と違い愛社精神や帰属意識は薄く、濃すぎない関係のほうがいいという人には合うと思います。
大きな組織の中で、 「アイツはなかなかいいぞ」 と思われるためには、やはりどれだけ人と違うアイデアを出すか、また日頃どれだけ仕事に熱意と時間をかけられるかでしょう。
「中国を2001年、WTOに加入させたのは、豊かな社会にすれば中国は民主化すると米国などが考えていたからである。しかし、中国はこの期待を裏切り、専制主義を強め力による現状変更を図り続けた。このため米国はじめ西側諸国は対中政策を変更せざるを得なくなった」 これは、米国発ですが日本でもいまよく聞かれる議論です。これも「ちょっと待てよ」と考えられると思います。豊かな社会になれば中国では中産階級が発達し、民主化する……と西側は本当に思ったでしょうか。今の体制で一番利益を受ける支配層はむしろ既得権益、既存体制を守ろうとするに決まっているでしょう。天安門事件で力ずくで民衆を抑え込んでからたった十年余りの共産党が民主化していくと西側が期待していたというのは一部の人だけの話でしょう。中国の安価な労働力と膨大な市場に魅かれWTOに入れてみたが、当初思っていた以上に中国が強大になってしまい、言うことを聞かなくなった──というほうが真相に近いのではないでしょうか。2000年時点で米国の1割だった中国のGDPが 10 年後に4割、 20 年後に7割近くになるとは想像できなかったのです。
という数学者岡潔教授の言葉(小林秀雄/岡潔『人間の建設』新潮文庫) はその通りです。勘は「センス」「フィーリング」とも言いかえられるかもしれません。 これは外部からの登用などを否定する議論ではありません。組織の沈滞化を防止し活性化するためには必要だと思います。ただしポストをよく選定し、一定の準備をした上で、経験を持ったプロパーの人との組み合わせで配置していくべきでしょう。
ただし、企業のトップはできれば海外から連れてくるのではなく、生え抜きがいいと思います。外国人CEOには有能な人がおり、しがらみなくリストラ、工場閉鎖を断行して実績は上げるでしょう。でも、この会社が好きで好きでたまらないといった愛社精神があるか疑問です。またゴーン事件ではありませんが、ギリギリのところで外国人が日本に愛国心を持つとは思えないのです。
生え抜きの人は、社内のみなの目に永年さらされてきています。大きな問題でも逃げなかった、セクハラもおカネのスキャンダルもなかったということがはっきりしています。いかにも終身雇用、年功序列社会の遺物のような議論だと言われるかもしれません。しかし社会で大事なのは信用、信頼感であり、それはやはり時間をかけて醸成されるものだと思います。社外取締役の目から社内の取締役や執行役員を見るといま自分に対して愛想がいいか、説明がうまいかしかわかりません。ですからわたしは、社外取締役でなく社長CEOが後継社長を選ぶのがいいと思っていました。もし社長CEOが衆望のない腰巾着のような人を指名しようとしたときだけ待ったをかければいいのです。
いまコロナで各国とも内向きになっていますが、それは一時的なものでまどわされてはいけません。長期的には経済の原理が働いて企業は大きな市場を目指すと思います。学問の世界でも英語で論文を書かなければ世界に届きません。山中伸弥教授などがノーベル賞の栄冠に輝いたのも論文を英語で書いたのが大きいです。 いまや世界を相手にしていくのは当たり前です。マルドメを自慢するのは飛行機の時代に大艦巨砲を誇ったように時代遅れだと思います。 世界を相手にするためには英語力を磨き、外国の空気も知っておいたほうがいいと思います。
若い方はできるだけはやく1年間くらいは外国に暮らしてみてください。そのうえでやはり日本で暮らすのがいいと思えば、そうすればいいのです。日本に住みながらも世界を相手にしていくことはできます。外国で暮らしてみることもしないうちから国粋派にならないでください。
ただ、国がベースだというのと安易なナショナリズムはちがいます。国内の大向こうに受けるような発言をして長い目でみてうまくいくことは少ないと思います。こちらがスカッとするということは相手がムカッとする場合が多いのですから。人間関係と同じです。そしてこうしているうちに何か危機がやってくると、相手側に腹を割って話せる相手がなくなり、 「なんだ、パイプがないじゃないか」 ということになってしまいます。そしてスキあらばと横からしゃしゃり出てくる人に出番をつくる結果になってしまうのです。
「今、英語についてのお話がありました。わたしは長い間外交官として国際会議、外交交渉をおこなってきました。大学入試を突破したくらいの英語力では率直に言って国際社会ではまったく通用しません。どの大学の入試でも同じです。大学に入ってようやくスタートラインについただけです。英語にもっともっと磨きをかけることがみなさまのお子様にとって大事です」
なぜ英語が大切なのか。当たり前ですが世界の共通語になったからです。エスペラントではなく英語が世界語なのです。 わたしが若い頃はフランス語やドイツ語もかなり力を持っていました。その後中国語やスペイン語を勉強する人も増えました。話者の人口を考えるとこれらの言語圏は大きいです。英語を母国語として話す人間は4億人程度ですが中国語はその倍以上います。
しかし英語を公用語ないし準公用語としている人は 20 億人といわれ、中国語より多いのです。なによりも世界のエリートたちはいまやフランス人でも中国人でもブラジル人でもみな英語を話すようになりました。
あるときある親しい大臣が「僕ら政治家は語学なんていらないですよね、通訳を使えばいいんだから」と言われました。「いや違うと思いますよ」と答えたのは、たいていの外国のリーダーは英語を話すようになっているからです。今日の政治家でもビジネスリーダーでも英語が達者な方もずいぶんいます。交渉では通訳を使うほうが安全かもしれません。しかし社交やスピーチでどんどん使われたらいいと思います。 情けないと思うのは日本国内の反応です。日本の政治家が英語で話したら「相手に伝わらず、あとで訳してくれと言われた」とか、「冗談が通じなかった」などと、茶化して足を引っ張ろうとします。そのくせいったん定評のできた宮澤喜一元総理などはやたら神格化するのです。
耳の訓練にいいのはYouTubeです。映画はものにもよりますがしゃべる速さ、語彙から言ってなかなか難しいです。まずはオバマ大統領やクリントン夫妻、バイデン大統領などのスピーチを繰り返し聞くのがいいと思います。政治家の演説は万人向けですから難しい言葉は使わないし、ゆっくりです。字幕つきのもありますし、なければあらかじめテキストをダウンロードしておけば目でもフォローできます。パソコンやスマホの利用でいつでもどこでも簡単に英語を勉強できるようになりました。 一応聞きとれるようになったら今度は聞いたことの記録をとれるように練習したらいいと思います。それができなければ留学先で講義を聴講しても国際会議に出ても意味がありません。第 11 項で書いたように、こうした記録とりができる若い人はいろいろな大事な交渉や会議に連れて行かれ、実地を見る経験に恵まれることになります。
わたしが英語に初めて接したのは幼稚園のときでした。1950年代のはじめです。4歳のとき父がロンドンに赴任し、1年半後ジャカルタに行き1年暮らしてから帰国しました。英語は片言だけで数少ない日本の絵本を繰り返し眺めていました。6年間の日本の小学校生活で英語は一言も話せなくなっていました。中学に入ったとき蛇snakeのスペリングをスナケとおぼえて母親が慨嘆していました。 中学1年の秋から父の赴任先となったアメリカのシアトルで公立中学校の1年に入りました。 「お手洗いがわからなくなったら"Where is the rest room?"、もしなにか話しかけられたら"I don't speak English."というんだよ」 と教えられて押し出されました。ただ、耳というか舌には何かが残っていたのでしょう。発音に苦労することはあまりありませんでした。数学だけが救いで、後の科目は悲惨でした。社会も理科もまったくわからないのです。例えば日本の中学1年生だったら歴史上の人物として聖徳太子や織田信長は当たり前に知っていますし、理科で光合成や肺や肝臓という言葉は知っていますが、それらに相当する米国の人物や単語をいっさい知りませんでした。
日本の大学からの交換留学、あるいは勤め先からの派遣の形でアメリカの大学院などに留学するような機会があればぜひ活用されるといいと思います。留学ほど先憂後楽という言葉がピッタリ合うものはないと思います。留学時代というと楽しかったと言わないといけないような雰囲気が一般にあります。 友だちもすぐでき、親切な人たちにめぐり合って受け入れられ、充実した日々で、「ああよかったなあ」と遠い目をして懐かしまないと失敗者のように思われてしまうからでしょうか。わたしが入省した頃の外務省でも、「えっどうしてあの人が」というようなタイプの人も、森鷗外の「舞姫」のように追いすがる女の子を振りきって逃げ帰ってきたような話をしていました。相当空想も入っていたのではないかと思います。
わたしは高校を出てすぐアメリカの大学に行ってもいいが、行かなければならないとは思いません。国内にも立派な大学はあります。明治以来百余年の努力でしっかりした基盤ができています。そこにいったん入ってから交換留学や大学院留学という形で行っても遅くないと思います。 こう言うと、日本の大学は世界ランクが低いではないかと反論されるかもしれません。それは国際的に引用される論文の数や外国人留学生の数が指標になることが多いからです。日本の教授は理系を除き英語の論文を書く人は少なく、日本語の講義が多いので外国人留学生にはそれほど魅力的ではなかったのです。ですから日本の大学の実力は過小評価されていると思っています。
「日本文化を勉強するって大変なことですよ。茶道、華道、書道、能、狂言、歌舞伎、文楽、舞踊、邦楽、和歌、俳句、落語、着物、和食、陶芸、塗り物、絵画、建築、庭園、文学もあります。剣道、柔道ほかの武道もあります。新しいものではアニメ、マンガなどもあります。歴史も2000年に及びます。通暁するのは大変です。勉強しているうちに年を取ってしまいます。アメリカ人でもフランス人でも自国の歴史や文化に通暁している人はまれです。準備万端ととのえなくとも、とにかくはやく出かけてみることが大事ですよ」
最後の、人に好かれる社交家というのは、あの人を招きたい、一緒に食事したり旅行したりしたいと思われるようになるということです。自分の話ばかりしたり、しかめ面して仕事の話しかしないということでは誰も誘ってくれなくなります。結局は人間同士の付き合いですから、楽しい場を一緒につくれそうな人だと思われることが大事です。その意味で過去の日本のリーダーで異彩を放つのは中曽根康弘元総理です。いろいろな方面に通じていました。書を能くし、俳句をひねり、絵を描き、シャンソンを歌い、カントを論じ、水泳し、座禅にも参じていました。シュミット西ドイツ元首相が回顧録の中で、 「中曾根は、多彩な才能をもつ人物である。彼はスポーツをするし、絵を描き、折に触れて詩を書く」 と記し、中曽根元総理から贈られた俳句を紹介しています(『シュミット外交回想録』岩波書店)。やはり親しみを感じたのでしょう。
「わたしはいまだに『英語がお上手ですね』といわれます。いったい何世代たてばそういうことを言われなくなるのでしょう」 と述べたときです。後に商務長官、運輸長官も務められた方で故ダニエル・イノウエ上院議員とならぶ日系米国人の巨人です。いまだに日系人がアメリカで外国人扱いされていると率直に嘆いた発言でした。すぐ違和感なく米国社会に受けいれられたと言う人はこれをどう聞くのか、と思ったものです。 日本も豊かになり、今の外交官や商社員など海外駐在する若い人には、外国かぶれの風潮が見られなくなりました。本当にいいことだと思っています。
ところが今や米中に大きく置いていかれ、半導体は台湾企業の進出に頼らざるを得ず、高等教育はシンガポールに遅れをとりました。そこで出てくるべき発想は、よし力をあわせて日本をあらためて強くしていこうという方向であるべきでしょう。しかし実際起きているのはその逆です。自信を失ってしまい、大学はできればアメリカに行かせよう、経営者は外国人を招こうという議論です。
もっとバラバラでいい 二点目は国民がみな同じ方向に走り過ぎることです。 NHKの大河ドラマにとりあげられた人物が、毎年突然、「国民が尊敬する人物」の上位に躍りでます。豊臣秀長、黒田官兵衛や直江兼続がそうでしたし、最近では渋沢栄一がそうでしょう。サラリーマンの理想の上司のランクにその年のプロ野球の優勝チームの監督やお笑い芸人などと並んで天海祐希さんや堺雅人さんなどといった俳優が入るのも彼らが演じた役が影響しています。小学生でもあるまいし現実とドラマを混同するのですかと言いたくなります。
みなが米メジャーリーグ野球やバスケットの日本人選手の活躍に一喜一憂するのもまるでオラが村の誇りのようです。ゲームにはまる、韓流ドラマにはまるなどみながいっせいに騒ぐのも子供っぽいと思います。 これだけ国民が多いのだから、そんなことには関心ないよ、と言う人もいるような、もっとバラバラ社会でいいと思います。それこそダイバーシティ(多様性) 重視社会であり、イジメの少ない自由な社会につながると思います。
日本では国連など国際機関や外国有名大学の教授などに傾聴しすぎです。彼らは自らの立場でいろいろ意見を言うのであり、われわれは自分の尺度で取捨選択すべきです。権威の発言だからとすぐ尊重する必要はありません。
大人っぽい社会とは、振れ幅が小さく、国民の関心が多様で、あまり他者による権威づけなどに汲々としない社会だと思います。淡々とわが道を行く国です。それこそが本当のクール・ジャパンです。 こういう醒めた日本をめざそうではありませんか。
よく韓国や中国や台湾のアメリカでの対議会工作はすごいが、日本の姿は見えない、という議論を聞きます。そんなことはありません。ワシントンには150ヵ国以上の国の大使がいますが、いろいろな社交などの場にいつでも招かれているのはせいぜい 10 ヵ国くらいでアジアからは日本だけのことが多かったと思います。従ってジュネーブとは違って日本の地位はずっと安定的に高いものでした。これは日本の国力と長年の努力のおかげでしょう。しかし「日本の姿が見えない」と書くと日本人が関心を持ってくれると期待して論文や本を書く米国人学者などがいます。これを日本の国会議員が提起すると、役所の側も人員予算の増加を期待するせいか、「ご心配には及びません」とは言わないため、ますます誤った認識が定着してしまう傾向があるように思いました。
「言うはやすくして難しい。アメリカ人などはジョークがうまいが日本人はどうもね」 という声をよく聞きます。そんなことはまったくありません。日本文化には笑いはもともとあって狂言も落語も漫才もあります。自信を持っていいのです。ただ近年若い人がシニカルになってオヤジギャグ、サブい、凍る、滑ったとか言うのでスピーチでジョークを言うのはなかなか勇気がいることになってしまいました。つまらないことだと思います。
「午後はたいがい本を読んで過ごす。(中略) 朝昼晩とも、食事のお相手は桝本卯平という若いインテリがつとめた。(中略) 晩餐を終ると、小村は書斎で本を読む。(中略) 小村のワシントンにおける生活は、こんなふうで、まったく老書生そのままであった」(島田謹二『アメリカにおける秋山真之』朝日選書)
まるで同じ人物の描写のようでしょう。一番目は小村寿太郎駐米公使(1898‐1900年)、二番目は広田弘毅駐オランダ公使(1926‐1930年) の一日についてです。いずれの時代も公使がトップでした。両書の著者とも、チャラチャラした社交にいそしまず、孤高の古武士のごとく独りを好んだ二人の外交官を好ましく思っている……そんな印象をわたしは受けました。
とんでもないと思います。これは日本が東洋の外れの国だった時代の話です。たとえそうであっても、外交官が毎日家で書生と食事して、残りの時間は本ばかり読むというならば、なんのために国費を使って外国に駐在しているかわかりません。日本に住んでいれば済む話です。 人と会うためにパーティーに行き、食事会をしていざというときのために人脈を広げ情報をとれるようにしておくのが大事なのです。これは外交官だけでなく会社の外国駐在員でも同じことです。
また若い人によくアドバイスしていたのは「パーティーに行ったときたくさんの人に名刺を渡したりもらったりしてコレクションをつくっても意味がないですよ」ということでした。「これは」という人と話し込み、近く昼食に誘うと言って、そこではじめて名刺を渡すとともに秘書の電話など連絡先をもらい、そして本当に誘うのです。こうやって一人ずつ友達をつくっていけば良いということでした。
心がけることは、「これは」という相手と個人的に親しくなることです。多人数のディナーもよくやりましたが、二人だけのランチや二夫婦だけでのディナーが関係を密にするためには有効でした。日本とそれまであまり親しくなかった人でも、公邸やいいレストランでワインを傾けながら、旅行、芸術や失敗談などのんびり話すと親しくなれました。もちろんわたしが芸術やスポーツを論じるのは背伸びも背伸びですが、しばらくの間くらいはお茶をにごせるものです。 断られてもともと、と物怖じせず声をかけてみることが大事です。少しずつ輪を広げていくのです。異文化交流の担い手とか日本の発信などと肩肘はらずに、楽しみながら気の合う相手を探していけばいいのです。
この本は、他の外交官の回顧録のように、携わった交渉などについては書いていません。若い人へのアドバイス、国際社会での生き方について書いています。 読み直してみると、訴えたいのは2点でした。 一つ目はいかにも昭和前半生まれのジジイが自分の孫に言いそうなことです。 「まず自分の将来を考えなさい」「いま話題のことだけでなく社会の枠組みに関する勉強をするといい」「学生時代を満喫していないで納得できる仕事選びを考えることが大事だ」「第二語学に逃げずに英語を磨け」「組織に入ったら日々の積み重ねが肝心だ」「いまからやれば間に合うよ」といういわばあたりまえのことが臆面もなく並んでいます。夢や理想は人それぞれ違うでしょう。これはその実現のための地道なアドバイスばかりです。でも本音です。自分の将来を考えて拓くのは自分だけなのです。
二つ目は今の日本の自らを恃まない他力依存の傾向についての警鐘です。政府や企業が先進国の裕福な大学や教育機関に多額の寄付をしたり、教員が高校生に日本の大学より米国の大学に行くことを勧めたり、日本人の英語教師を留学させずに外国人の補助教員に頼ったり、実力者がCEOを退く際に後継者として外国人を招いたり、「いったい全体…
しかし、そのためにも日本自身がみずからの次世代のために投資すべきなのです。国家百年の大計を考えて、日本人の手で日本を強くしようではありませんか。日本の将来を考えて拓くのは日本人だけなのです。 この二つのメッセージを籠めて次世代への置き土産とさせていただきます。今ならまだ間に合います。