ーー今は全くの混乱状態である。起きているどの事件の陰にも論理など存在しない。(p.378)
正直なことを言うと、読みやすい作品ではない。まず、名前が覚えられないからなかなか先に進まない。「あれ?これホテルのオーナーだっけ?ジャーナリストだっけ?ん?死んでる??」といちいち人物紹介に戻りながら読み進
...続きを読むめた。しかも、群像劇なのでしょっちゅう視点があちこちに動く。
けれど、それを差し引いても良い作品を読んだと思っている。
①初めて読むタイプの作品だった。
ファンタジーなのか社会批判なのか、はたまたルポに寄せた作品なのか宗教ネタなのか、読解のコードをどこに置いて読むか、なかなか自分の中で腰が定まらないままエンディングを迎えた。そこに、冒頭に引用した文章。「してやられた」と思った。
②悲劇的なテーマと街の現状なのに、語り口が情に流れない。
ものすごく淡々と描かれる。色んなことが。自爆テロの犠牲になった死体を継ぎ接ぎして人造人間を作る、そしてパーツが腐り落ちて足りなくなったら、また犠牲者のを拾ってくればいいじゃない、っていう設定が成立してしまうバグダードは、日本から見たらもはや異世界でしかないのに、クローズアップされるのはそこじゃないという。それが却ってこの作品に社会性を与えているように思える。
③仕掛けが複雑巧妙。
死体の寄せ集めで人造人間を作る、という設定が、ありとあらゆる設定やストーリーの背後に絡めてあって、メタファーも巧みだし、どこまでが作為なのかわから無くなってくる。でも、たぶん、全部が仕掛けなんだろうなぁ。
④イラクやイスラム世界を見る目が変わる。
これはもう、自分の勉強不足というか認識不足のせいでしかないのだけれど、バグダードがここまで宗教に寛容な街だと思わなかった。イスラム教徒もキリスト教徒もユダヤ教徒も、みんなお隣さんとして普通に暮らしてる。なんか、ヨーロッパとか北米とかより、よほどリベラルに思えるのだけれど。少なくとも、この作品に描かれるバグダードの街は原理主義一色に染まった狂信者の暮らす街ではなかった。ありふれた市井の人々がテロや酷暑や失恋に苦しんだり悲しんだりする街だった。