作品一覧 2020/12/04更新 アウステルリッツ 試し読み フォロー 移民たち:四つの長い物語 試し読み フォロー 土星の環:イギリス行脚 試し読み フォロー 目眩まし 試し読み フォロー 1~4件目 / 4件<<<1・・・・・・・・・>>> 鈴木仁子の作品をすべて見る
ユーザーレビュー 土星の環:イギリス行脚 W・G・ゼーバルト / 鈴木仁子 サフォーク州を徒歩で横断した「わたし」は、旅の果てに力尽きて入院する。ノーフォーク州ノリッジにあるその病院は、トマス・ブラウンの頭蓋骨が眠るとされている場所だった。旅の記憶と本の記憶が交じり合い、連想が連想を呼ぶメランコリックな旅行記小説。 旅の話とブッキッシュな歴史の話がシームレスに繋がれ、脱...続きを読む線に次ぐ脱線をくり返していく。特に6章の橋→竜(ボルヘス『幻獣辞典』)→西太后へとモチーフをするする転換させ、あたかも居合わせたかのように西太后の生涯を語ってみせるくだりは、既読のゼーバルト作品からは感じたことのない陽気さがあって新鮮だった。大英帝国の罪を告発するコンラッドとケイスメントの伝記などもあるが、全体的にストレートなユーモアを感じられる小説になっている。ディティールを膨らませて連想を転がしていく語りの楽しさは私にトマス・ブラウンを教えてくれた澁澤にも近く、もっと似ていると思ったのはキアラン・カーソンの傑作『琥珀捕り』だ。 散歩をしながらその風景にまつわる知識を無尽蔵に引きだし、幻想のなかにまで歩いていってしまう、〈フラヌールの文学〉というジャンルがあるのではないかと思う。『変身物語』を下敷きにしてアイルランドとオランダを語る『琥珀捕り』もそうだし、多和田葉子の『百年の散歩』も典型的なものといえるだろう。エッセイとフィクションのあいだに揺蕩う、このジャンルの小説が私は大好きだ。商人と盗っ人の守り神、ヘルメスを水先案内人にした『琥珀捕り』に対し、『土星の環』はタイトル通りサトゥルヌスに導かれ、破壊と喪失をめぐるメランコリックな思索の旅になっている。 カーソンとゼーバルトが大きく異なるのは、『琥珀捕り』は一貫した庶民目線で書かれ、民話や昔話の再構成が大きな縦軸になっているが、『土星の環』は民衆蜂起や革命を取り上げながらも貴族趣味に寄っているところだ。王族や没落貴族に対するシンパシーが、そのまま失われた時代への追憶として語られる。「この世に慣れることができなかった」と呟いたアシュベリー家の人びとへのしっとりとした共感は、どこかナルシスティックな余韻を響かせる。 自己陶酔的に感じてしまうのは、既読の『移民たち』『アウステルリッツ』がほぼ全篇「~~と○○は言うのでした、と××は語った」式の間接話法で語られていたのに対して、本作は一人称の語り手「わたし」の存在感が大きいせいもあると思う。だからといって別に語り手が暑苦しく自説を語るとかではなく、夢と現実のはざまを縫うような語りの術は健在なのだが、行動の主体も回想の主体も「わたし」だということが、ゼーバルト作品のような繊細な世界観ではそれだけでエゴを感じさせてしまうのかもしれない。 『壺葬論』に記された「パトロクロスの骨壺に残された紫色の絹の切れ端」に思いを馳せてはじまった連想の旅は、死者を惑わせないよう美しい絵画に「喪のための黒絹の薄紗」がかけられていく場面で幕を閉じる。他のゼーバルト作品と同じく、やはりこれも喪の旅であり、”既に終わってしまった世界”を悼む葬列だったのである。「この世界は既に終わっている」という滅びの感覚と彼の貴族趣味は無関係ではない。没落貴族というのは生きた廃墟にほかならないのだから。 Posted by ブクログ アウステルリッツ W・G・ゼーバルト / 鈴木仁子 ①文体★★★★★ ②読後余韻★★★★★ アウステルリッツというタイトルは三帝会戦を思わせますが、登場人物の名前です。アウステルリッツは建築史の研究者として、駅舎や裁判所、要塞都市、病院や監獄などに興味をひかれ、文献をあたり、また実際にその場を訪れ記録をする人物です。語り手である「私」は、そんな彼...続きを読むと出会い、彼の聞き手として、文章を綴ります。 アウステルリッツはおのれの出自をたどろうと、ヨーロッパの諸都市を旅します。それはユダヤ人として迫害を受けた両親をたどるまでにつながり、暴力、そして権力による歴史を目の当たりにすることになります。 彼が訪れた様々な建築物、聴こえない声に耳をすませるアウステルリッツの博識から語られる歴史、そして彼自身の過去を支える文章は、抑制のある静謐なものです。それらの記憶が都市や建造物、廃墟に寄せられ、内部へと反響するかのように感じます。 段落も章分けもない語り口。文章とあわせところどころ挟みこまれたモノクロの写真。膨大な知識と思索がぎっしり詰め込まれた密度の高い文章には「~とアウステルリッツは語った」というフレーズが不自然なまでに挿入され、読み手にあるひっかかりを与えながら過去から現在に私たち読者を引き戻します。 いったいどこまでが本当のことで、どこからがフィクションか曖昧で、小説なのか、それとも散文としてとらえていいのかよくわかりません。そしていったいなんのことであるのであろうか、と思わせるほど、読んだ片端から文字が流水で洗われるかのようにかき消えていく感覚にもなります。それがこの本を幾度も手にする理由になっています。 Posted by ブクログ アウステルリッツ W・G・ゼーバルト / 鈴木仁子 私(語り手)はアントワープの中央駅待合室で建築家のアウステルリッツにふと声をかける。彼は駅の歴史から始まってつらつらと様々な建築の歴史を、果ては自分の生い立ち、イギリスでの学校での出来事、蘇った記憶、ユダヤ人としての出自、両親との別離と捜索、人との出会いと別れを、私(語り手)に会うたびにとめどなく語...続きを読むっていく。 アウステルリッツの語りはあちらこちらへと移り、思考は分岐する河のように流れ、イラストではなく写真が載せられていることもあり、実在人物から話を聞いているように読みました。 意外な写真の効果を再認識しました。真実と思わせる力。いやーすごい。 Posted by ブクログ 土星の環:イギリス行脚 W・G・ゼーバルト / 鈴木仁子 イングランド ノーフォーク州を徒歩にて旅する。その風景の寂れた、枯れた姿にかっての栄華が立ち現れる。いく先々の土地から飛躍する思いの数々に読む方は目眩を起こしそうだ。列車から中国の太平天国の乱へ、コンラッドからコンゴへの、オーフォードの政府の研究施設のくだり、零落した貴族の跡地や侘しい宿泊施設。ゼー...続きを読むバルトの筆の進むままに、時代や場所が入り乱れ、あたかも迷路のように彷徨って、読み終わった今もそこから抜け出せないような感じだ。 Posted by ブクログ 移民たち:四つの長い物語 W・G・ゼーバルト / 鈴木仁子 たくさんの言葉で語られようとするある人物。彼らはみな、遠くからきて、ある日死を選ぶ。 こんなふうに書くと興味深いミステリー感が漂うけれど、この本が魅力をぐっと増すのは謎に分け入って考えるのは読者自身ということ。 たくさんのエピソードが次から次へと、まさに記憶の断片が移り変わり結びついていく。合間合...続きを読む間に示される写真は妙に懐かしくてじっとみていたくなるけれど、その写真すら真実とは限らなくてどんどん不思議な記憶に分け入っていく新しい感覚の読書でした Posted by ブクログ 鈴木仁子のレビューをもっと見る