非上場会社の株価決定に関するケース別の実務書籍。顧客から非上場会社の株価決定についてのアドバイスを求められることの多い会計士や税理士などを対象として想定している。非上場会社の株価について実務上問われるケースとしては、事業承継における株式譲渡時の株価、相続や贈与で株を取得した場合の株価、増資時の株価、
...続きを読む自己株取得時の株価、合併比率の算定、M&A時の株価が挙げられる。財産評価基本通達に基づく評価額だけでなく、DCF法、類似会社比較法、時価純資産法など民事上の株価算定方法にまで言及されており、また数値例も豊富であり職業会計人であれば実務にそのまま生かせそうな内容であった。非上場会社の株価算定に関する書籍としては、類似業種比準価額などの税務上の株価に関する解説書が多いが、本書ではM&A時の算定方法も並列的に解説されており幅広く学ぶことができた。
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②親族以外の役員·従業員への事業承継
(a)役員·従業員個人に株式を譲渡する場合の売買価額
創業オーナーが親族以外の役員·従業員に対して株式を譲渡する場合には、個人間取引に該当するため、相続税法上の時価(相続税評価額)を譲渡価格とする限り、売主および買主双方において、通常、課税上の問題が生じることはないと考えられる。買主である親族以外の役員·従業員が株式取得直後に同族株主に該当する場合には原則的評価方式(財基通179)、少数株主に該当する場合には特例的評価方式(財基通188)が適用される。
創業オーナーが事業承継目的で親族以外の役員·従業員に株式を譲渡する場合には、通常、当該役員·従業員が発行済株式の過半数ないし全部を有することになると想定されるため、株価算定にあたっては原則的評価方式を採用する限り、課税上の問題は生じないと考えられる。
ただし、当該譲渡は、下記(b)で後述するMBO、EBO、すなわち、売主と買主の双方の利害が対立するM&Aに該当すると考えられ、課税の公平性を図ることに主眼を置いた税法基準による評価方式を採用することが、経済合理性の観点から、必ずしも適切ではない場合も想定される。この場合には、当該株式を発行する会社の事業価値が合理的に反映される評価手法(インカム·アプローチやマーケット·アプローチ等)の採用も併せて検討する必要があると考えられる。
なお、「当該株式を保有する創業オーナー」と「創業オーナーに支配されている当該株式を発行する会社と委任契約または雇用契約を締結している役員・従業員」との間には、「純然たる第三者の関係」が成立しているか否か判断しにくい場合も想定される。したがって、実務的には、税法基準に従って算定した株価を勘案しつつ、課税上弊害が生じない範囲で当該会社の事業価値を合理的に反映させた株価を決定するといったプロセスを経ることになると考えられる。また、MBOを実施する場合、その実施を判断した経営者が株式の買主となるため、当該経営者と当該株式の売主である株主との間には利益相反の関係が生じる。すなわち、買主である経営者が株価を不当に低い価格で設定した場合には、株主利益を毀損する可能性があるため、より慎重な判断に基づき、合理的な株価を算定する必要があると考えられる。
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(3)株主の立場で適用が異なる評価方式
株主の立場、すなわち、当該株主が同族株主または少数株主のいずれかに該当するかに応じて適用される評価方式が異なる。原則的には、株式売買の当事者である買主が当該株式売買直後において同族株主に該当する場合には原則的評価方式、少数株主に該当する場合には特例的評価方式が適用される。ただし、所得税基本通達59-6においては、「財産評価基本通達188の(1)に定める「同族株主」に該当するかどうかは、株式を譲渡又は贈与した個人の当該譲渡又は贈与直前の議決権の数により判定すること」と規定されているため、個人が法人に株式を譲渡する場合には、売主においては、当該売主が当該譲渡直前において同族株主に該当するときには原則的評価方式、少数株主に該当するときには特例的評価方式が適用される。
上述のとおり、原則的には、買主が株式取得直後に同族株主または少数株主のいずれかに該当するかに応じて評価方式を選定することとなり、売主および買主において適用される評価方式は一致するものと考えられる。ただし、個人が法人に株式を譲渡する場合、売主である個人においては、当該個人の当該譲渡直“前”の議決権割合によって評価方式を選定する必要がある一方、買主である法人においては、当該法人の当該譲渡直“後 の議決権割合によって評価方式を選定する必要があるため、売主と買主との間で適用される評価方式が一致しない事態が生じる可能性がある。売主と買主で適用される評価方式が異なる場合、売主において低額譲渡または高額譲渡、買主側において低額讓受けまたは高額譲受けを指摘されないよう、また、売主と既存株主との間におけるみなし贈与課税を指摘されないよう、株価算定の基礎となる評価方式の選定については慎重な判断を要するものと考えられる。