マルタン・セルヴァス警部シリーズ第四弾。今回は初めて上下分冊ではなく初の一冊もの。700ページに近い大作であるにも関わらず、だ。読者としては、分冊よりもコスパは有難い。
前作『魔女の組曲』では、セルヴァスが休職療養中で、連続殺人鬼ジュリアン・ハルトマンから離れた独立系の犯罪と、そのとんでもない
...続きを読む経緯と真相に向かうストーリーテリングのジェットコースター感に、まったくもって脱帽させられた。シリーズとしてよりも、単独作品として十分に成り立つため、新たな読者を獲得したのではないかと喜んでいる。
翻訳出版としては『氷結』(2016年)『死者の雨』(2017年)。その後、忘れ去られたかのように邦訳が途絶えていたシリーズが、前作を機に息を吹き返した感があり、今後のシリーズ続編に繋がる本作も、またもやリーダビリティ満点のスリラーとして満喫させてもらった。何と言ってもシリーズ本筋のセルヴァスvsハルトマンという全面対決構造が素晴らしい。さらには二人の間に奇妙な親密感さえ生まれ始めた点が、本書の新たな転回点であろう。ある少年の存在によって、セルヴァズはかつてない試練を味わうことになる。
ストーリー構成も抜群である。本作は、オスロ警察の女性刑事シュステンの乗る夜行列車でスタートする。教会での惨殺死体。現場に残されたシュステンの名のメモ。被害者の勤務する北海の海洋プラットホームでの危険極まりない時間。夜と嵐。そこから姿を消した容疑者の正体は?
例により、のっけから強烈インパクトの舞台装置。いよいよセルヴァズのこれまた派手なシーンの急転直下シーンに舞台は移る。序章だけではなく、セルヴァズは満身創痍を越えるくらいの命の危険に本書では何度も合わされる。セルヴァズ。シュステン。ハルトマン。舞台は、一作目『氷結』の土地に戻ってくる。スペイン国境のピレネー山麓、雪と山。銃撃。
そう、セルヴァズは銃の扱いが疑いもなく下手である。運動音痴。運転が苦手だ。銃は車のダッシュボードに放り込んで素手で出かけるというタイプである。その銃を使った殺人事件への容疑と、新手の敵=内部監察官ロラン・ランボーの登場。内と外にいる敵ばかり。
休みなしのストーリーの上に連続し堆く重ねられてゆく危機感と疑惑。ハルトマンとの距離が近くなるにつれ、対決模様が期待される重厚なスリラー感満載の一冊であり、ラストのどんでん返しも効いている。
全仏で今や最強のベストセラー1位、Netflixでもドラマ化されているシリーズ作品であるという。ノワールの本家フランスで、ピエール・ルメートルと双璧を成すベスト・ミステリー作家として、ぐんぐん勢いのついてゆくシリーズと言ってよいだろう。次作もまた同レベルかそれ以上に加速感のあるストーリーを期待したい。それも猛烈に。