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ユーザーレビュー

  • なぜ原爆が悪ではないのか アメリカの核意識

    Posted by ブクログ

    アメリカの原爆観にどうしても気持ちが抗ってしまう。ていうか日本人であれば、誰もが強烈な違和感を覚えるだろう。
    「アメリカ人の命を救った兵器」と言うが、殺人兵器であることには変わりない。原爆の被害に遭ったのは軍人だけでなく、無防備な一般市民も沢山命を落としている。それを知って「快挙」とのたまっているのだろうか?

    先日Xで、広島平和記念公園の慰霊碑に刻まれた碑文「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」に対して、「過ちは繰返“させ“ませぬからだろう!」と物申しているコメントを見かけた。
    「”誰もが”戦争という過ちを繰り返さない」という意味合いが込められているようだが、アメリカ側の主張を見ていると、碑文のメッセージを彼らに向けたくなるのも頷ける。

    広島県出身で被爆2世の著者も、アメリカ側が反省の意を示さないことに対して疑念を抱かれてきた。
    それを解消すべく、シカゴ大学で倫理学を専攻し、現在(2020年刊行当時)は同じくシカゴのデュポール大学にて「原爆論説」などの講義を担当されている。また学生たちと一緒に広島・長崎を訪れる、2週間の研修プログラムも主催されている。

    長年アメリカで教鞭をとってこられた関係で、現地の方の原爆観を細かく把握されていた。
    そのため全然知らないこと(知り得ないこと)で溢れかえっていたのと、戦後80年も経つのに未だ「快挙」の感覚でいるアメリカ側の思惑が、手に取るように分かっていった。
    ちょっとこれは良書かもしれない。購入本なのでずっと手元に置いておきたい。

    アメリカ側とここまで原爆観が違うのは、「語りの齟齬」が原因だと著者は述べている。この「語りの齟齬」、原爆に関する語り方の違いについて掘り下げていくと、実に多くの要因にぶち当たっていた。

    戦争が極度に悲惨になることを防ぐ…という「正戦論」が、戦争をする上での「倫理」として罷り通っていること。
    反戦・反核に関して、戦争の大義名分として「国を守るための正義」と銘打たねばならず、それに逆らうことは「愛国心の欠如」とみなされること。(そのため、実際核兵器を使用する軍にも逆らえない)
    核を「扱いにさえ気をつけていれば、人間でも制御できる」と片付け、それを市販の商品に平気で応用していたこと。(実際米国内でも、核実験や原子炉で働いていた人が罹患したり命を落としていた。しかし核保有国としての権威を守るため、国はあろうことか表沙汰にしてこなかった…)など。

    国が主軸となって、原爆を「悪魔の兵器」という認識から遠ざけている…
    しかしもっと腹立たしかったのが、「原爆乙女」の項だ。ケロイドを負った広島の女性を治療のために渡米させるプロジェクトのことを指すが、「米陸軍が飛行機を提供」「全くの無料で治療」など、報道のされ方がいちいち恩着せがましい。
    加害者であることを勝手に水に流し、「我々は慈悲深いのだ」と印象付けたいだけのように、私も感じた。

    原爆は殺人兵器で、人命を救うどころか、どこまでも死の魔の手を広げる。
    (「語りの齟齬」を拭おうとする)著者の草の根運動には脱帽するばかりだが、これから覆るのに80年と一体何年かかるのだろう。

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    2025年08月11日
  • なぜ原爆が悪ではないのか アメリカの核意識

    Posted by ブクログ

    日本人からすると受け入れがたいアメリカの原爆・原子力に対する考えの違いを、ポップカルチャー、軍隊を持つ国としての捉え方、キリスト教と反共など様々な観点で説明してくれる本。

    アメリカでの複数のナラティブが、自分たちにとっては容易に想像のつく原子力爆弾の恐ろしさを覆い隠す役割を果たしていく様に、分厚い壁のようなものを感じる。そして、そのナラティブの詳細を、アメリカそのものに、逆に興味がわいてくる部分もある。

    また、軍隊を持つ国というものは、文化として軍隊をリスペクトする機構が必要というくだりは、考えてみればシンプルな話だけれども、自分にとっては発見という部分だった。

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    2025年04月05日
  • なぜ原爆が悪ではないのか アメリカの核意識

    Posted by ブクログ

    大変勉強になった。
    一つの事実が、「語り」によってこんなにも受け止め方が変わるのか。
    アメリカの核兵器に対する受け止め方や内情を知ることができた。知ることが、一歩先へ進む大事なステップだと感じた。

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    2024年02月02日
  • なぜ原爆が悪ではないのか アメリカの核意識

    Posted by ブクログ

    善と悪とが明確な姿かたちを表してさえいれば、倫理学とはすべての事象を善と悪とに仕分けるだけの平易な学問になっていたかもしれない。そううまくいかないのはつまり、ある人にとっては悪であっても、別の人にとっては善だからだ。人類はゾロアスター教の発生時点からその矛盾に気づいていた。善がすべてアフラ・マズダの姿で見えていれば、迷うことがないのに、と。
    だが著者の宮本さんは、アメリカでの核に関する考え方について、アーリマンが平気な顔でアフラ・マズダの姿で出現していることにショックを受ける。

    なぜそのような矛盾が、科学大国のアメリカで大手を振ってまかり通っているのかを、少しずつ紐解くように説明しているのが本書。
    難解さを避けるように丁寧でやさしい語り口が一貫されていて、かつ、220ページ程度と比較的薄い本なので、高校生でも読み通せると思う。そして、核認識論と並行して、著者がもう一つ極めようとしていると思われる「ジェンダー論」にも多くの記述が割かれているので、原爆や核の問題を過去の遠い問題とせず、ぐっと現代に引き寄せているように感じられる。

    著者の主張の要点を私なりに要約すれば、「核に関しては、意外と知らないところで放射性物質に晒されているなど誰もが核被害者になりうる。したがって、被害の本質を正確に理解することで、人類が核を扱うことの課題や危険性が見えてくる」ということ。
    そしてなおかつ、「核に関する善と悪の区別が正確に認識されない最大の要因は、課題が可視化できず、課題の本質が別の課題(政治的・社会的な)によって覆われてしまっている」こと。そのため、その被膜を剥がし、核被害の本質を誰もが理解(納得)できる言葉で語れるようにすることが課題解決への道筋だという。

    だとすれば、課題の本質の抽出を徹底的に究めればよいのでは?ということになるのだが、私はそう簡単ではないと考えている。
    例えば、本書P67にも見える、ウルトラセブン第12話のエピソード。スペル星人は放映後に出た学習雑誌の付録で「ひばく星人」と書かれ、星人の体表はよく見るとケロイドらしき模様のデザイン。だが、果たして被ばく者を侮辱するものとして放映禁止にすべきなのか?作家の林京子さんも同様にスペル星人騒動を原爆被ばくが風化したゆえに起こった問題と書いていたが、本当にそうなのか?正直疑問に感じている。

    だって、スペル星人は架空だし、自星での核実験に失敗して星人全体で体の異常が生じ、地球人の血液から白血球を奪おうとするストーリーも、よく考えれば、地球での実際の原爆や核実験とは直接リンクしないフィクションだ。
    だが核被害者からそのストーリーが認容できないと言われれば、誰もが共通認識として「スペル星人の回=悪」として否定や排除をしなければならないのだろうか?スペル星人を批判する人は実は“本当の敵”を見ずに(見えずに)蜃気楼を相手に戦おうとしているだけでは?
    宮本さんのこの本の主題からは大きく離れるが、認識の違いを善悪に振り分けることの難しさを示したかったので、あえて挙げてみた。

    例示のとおり、スペル星人の回の放映可否ですら意見は二分するのだ。いわんや核認識では文化や政治的背景が異なるなかで何十年もかけて醸成されてきており、人々の認識は簡単に変わらないぞ、という思いが改めて強くなった、というのが読後の正直な感想だ。

    ただし、宮本さんが「今の状態は善意の第三者に被害のしわ寄せがいくように仕組まれている」という趣旨の記述を繰り返していることによって、自分自身をその一人として想像してみれば(この「想像」という作業がとても大切)、人類はどちらに向かうほうが“賢明”なのかという方向性は認識できた。

    その方向性を誤らないためにも、様々なテキストを読み込み、声の大きさや周りの流れに紛らわされず(SNSの多くのゴミクズみたいな意見に一々右往左往せず)、自ら明瞭な言語で語り、他人や後世へ語り継ぐ責任を明確にするという、至極当たり前な(だけどなかなかできない)ことを改めて自分に課してみたい。

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    2021年07月26日
  • なぜ原爆が悪ではないのか アメリカの核意識

    Posted by ブクログ

    題名通りの本。
    アメリカで倫理学を教える著者は被爆二世。広島出身。なぜ日本では絶対悪の原爆がアメリカでは悪と思われていないのか様々なワークショップや講義を通じて探求した結果書かれた本。人は同じ語りを聞いても騙りを、受け入れる素地が異なっていれば全く違う簡素を持つということに納得した。被爆者が体験談をアメリカではなしても、聞き手は「そんな辛い体験をしたのに積極的に生きていてあなたはヒーローだ」と言われる。平家物語の無い国なんだ。だからこんなに辛い思いをしたんでする、だけでは受け入れてもらえないという事に驚いた。そういえば韓国にはパンソリという芸能があるが日本人で好きな人はあまりいない気がする。悲しみ方が日本人には分からないんだろう。知識よりも感情の受け皿、理解の受け皿が必要であるという私の蒙をひらいてくれた本でした!

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    2020年12月27日

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