ピエトラ・リボリの作品一覧
「ピエトラ・リボリ」の「あなたのTシャツはどこから来たのか?―誰も書かなかったグローバリゼーションの真実」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「ピエトラ・リボリ」の「あなたのTシャツはどこから来たのか?―誰も書かなかったグローバリゼーションの真実」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
本書は、グローバル化する社会を、Tシャツの一生を追うことでわかりやすく可視化したユニークな物語だ。
グローバル化、とくに市場万能主義が世界にひろまることで、貧困がさらに拡大するという見方がある。反対に、市場拡大・自由貿易こそが世界を貧困から救うのだという見解もあるだろう。しかし、著者が実際にTシャツの一生を追うことで目にしたものは、どちらの主張とも違っていた。
Tシャツの一生は、いまだに市場原理ではなく、政府による規制や介入・保護などによって決められていた。ほんとうの意味でTシャツが市場と出会うのは、古着としてアフリカに入ってからだ。世界を貧困から救うには、グローバル化する市場経済をどーこーというより先に、発展途上国の人たちの識字率を上げ、政治を立て直すことのほうが重要だという結論に、著者は到達する。
自由貿易を世界中に押しつけて廻っているアメリカが、必死に自国の繊維産業を保護している姿が描かれる。にもかかわらず、繊維業界は虫の息だ。アメリカの保護主義政策は自国の労働者を守ることはできなかったが、まわりまわって発展途上国の経済のためにはかえってプラスとなっている側面もあったりして……。黒か白かで語られることの多い「グローバル化」について、じっくりと地に足をつけて見直すために、「物語」という形式が非常に大きい効果を上げている。
個人的な話をすれば、アメリカのヘビーウェイトTシャツが大好きで、10枚単位で注文するくらいだ。「フルーツ・オブ・ザ・ルーム」「ジャージーズ」「ユナイテッド・スポーツ」「アンヴィル」……最近は「GILDAN」(これはカナダメーカーだが)がお気に入り。これらのTシャツのほとんどがアメリカ産綿100%で、ホンジュラスやニカラグアやメキシコでつくられている理由が、アメリカの保護主義にあるとわかってたいそうおもしろかった。
グローバル化する経済が、世界にどのような影響を与えているのか。そしてグローバル化の意味するものは、いったいなんなのか? わかりやすくて、爽快な読み心地の、じつに優れた論考だと思う。
Posted by ブクログ
一枚のTシャツがどこで生まれ,どこで一生を終えるかを追うことによって,グローバル化の現実を描き出した著作。中国産のTシャツの原料である綿花は,実は大半がアメリカのテキサス産であった。そして,アメリカで着古されたTシャツは日本やアフリカの古着市場に送られ,そこで一生を終えているのであった。
市場経済を「正しい」社会システムと考える著者による本であることをある程度割り引いて考える必要があるが,グローバル化によって貧窮する人びとが生じるのは,市場原理によってではなく,市場競争から除外され,市場に参加することが政治的に抑えられているせいであるという指摘は説得力がある。中国製品が安いのは,市場原理によって安価な労働力が買いたたかれているのではなく,政治的に抑圧された農民が国家によって不当に安価で働かされているからである。一方,アメリカの繊維産業のように,政治的な影響力を強く持つ人びとは,グローバル化や市場開放の影響を巧みに避けることによって利益を得ている。このように考えると,健全な市場原理が世界全体に浸透すれば,たしかにみながハッピーになる世の中が来るかのように思えてくる。
健全な市場原理が世界全体に行きわたるということはほとんど期待できないということだ。市場原理を浸透させようとすればしただけ,市場を回避しようとする人びとが現れ,そこで利益や幸福の不公正な分配が生じるだろう。そうであれば,健全な市場原理の浸透を目指すことは逆説的に利益の不均衡を生み出すのだと考えられないだろうか。まさに,ポランニーのいう二重運動である。
著者のバランスのとれた現状分析が心地よい。物事の両面をしっかりと見ることの大切さを教えてくれる。
Posted by ブクログ
Tシャツの一生は、原材料はどこで産まれ、どこで加工され、どこで仕上げられ、どの市場へ、最終的にはどこで一生を終えるのか。長い長い旅だ。ものすごく多くの複雑怪奇な政治的思惑がべっとり絡んでいることに衝撃を受けた。「底辺への競争」は悪なのか、保護主義政策はやめるべきか。いろいろ考えさせられる。全体を通して思ったことは、一度生まれた流れは止めることはできないのではないか、一時的に止めることができても、形を変え、角度を変え再びやってくる、そんな印象を受けた。コスト云々でなく、絶えず、柔軟に変化し市場に対応できる者だけが生き残ることができるのであるから、生きている間は落ち着くことはできないものかもしれないと感じた。ビジネスは信頼関係の上に成り立っているというのも改めて思い起こさせられたし、これからの世の中で大事なキーワードのひとつになる気がする。そして、中国恐るべしというのはものすごく感じたし、中国の優位性はまだまだ続くだろうし、底辺への競争には負ける日が来ないのでないか。それ故に数年前にあったチャイナフリーの運動や、トヨタ危機なんかもアメリカ人の特性というか、危機感というか同情意識が過剰に作用した結果なのかもしれないなと思った。