英国生まれの古文書学者で、聖書学者で、そして怪談作家という異色の経歴を持つ作家、M.R.ジェイムズ。元々作家志望ではありませんでしたが、生来の怪談好きが高じて創作怪談を自作しては茶話会でそれを朗読し披露していました。
処女作である怪談集も、本来の目的は親友の絵を世に売り出すことだったのですが、そ
...続きを読むの出来が評判を呼び、怪談作家としての地位が確立されたのです。
本書は処女作である『好古家の怪談集』の南條竹則氏による新訳本です。ラヴクラフトの作風に影響を与えたとされるのも尤もで、所々で後のクトゥルフ神話を思わせる表現が出てきます。
ブラックウッド、マッケンとともに近代イギリス怪奇小説の三巨匠と称される、ジェイムズの古典怪談集。全体的にすっきりしない結末の作品ばかりですが、現代実話怪談に慣れた者ならむしろ受け入れやすいでしょう。温故知新の恐怖は、熟成された食品のように味わい深い。
以下、なるべくネタバレ無しの各話感想。
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『聖堂参事会員アルベリックの貼込帳』
旅行でフランスを訪れたデニストンは、友人とは別行動で、町に建てられた教会を細かく記録していた。教会を隅々まで満喫した彼に、管理人が「古いものに興味がお有りなら」と声をかけて自宅に招く。はたして差し出されたのは、アルベリックの紋章が押された佳品の書物だった――。
(ソレははたして本に憑いていたのか。古文書学者だからこそ書けた、古書に纏わる怪談。)
『消えた心臓』
半年前から孤児だったスティーブンは、年長の従兄弟であるアブニーに迎え入れられる。ある日、スティーブンは使用人から、過去に二人の孤児が屋敷に引き取られた後に失踪したことを聞かされる。そしてその夜、屋敷の古い浴室で怪しい人影を目撃する――。
(ジュブナイルの要素と魔術の要素をミックスした怪奇譚。)
『銅版画』
絵や版画の収集家であるウィリアムズは、新しく届いたカタログに添えられた注意書きに興味を惹かれ、その対象である作品を届けるよう依頼する。それは一見普通の、荘園邸宅が描写された銅版画だった。その夜、今一度銅版画に目を向けると、そこには最初に見た時にはなかった人の姿が――。
(『貼込帳』と対をなす美術品怪談。)
『秦皮の木』
魔女狩りの流行期、マザーソウル婦人が魔女として処刑される。処刑直前に婦人は、決定的な証言をしたフェル氏に「お邸に客がある」と言い遺す。その数週間後、自宅にある秦皮の木に何かがいるのを目にしたフェルは、翌朝に変死体で発見される――。
(魔女狩りを下敷きにした怪奇譚。終盤で出てきたモノは邪悪のシンボルなので、つまりはそういうことなのだろう。)
『十三号室』
教会史の研究でデンマークを訪れたアンダーソン。これまで泊まったホテルには、どこでも十三号室が存在しせず、今回泊ったホテルも例に漏れず十三号室はなかった。"13"のタブーを意識しつつ夜を迎えた彼は、忘れ物を取りに階下に向かう。そして戻った時、存在しないはずの十三号室を目撃する――。
("13"を忌み数とする、古くからの禁忌を下敷きにした怪談。)
『マグヌス伯爵』
スウェーデンに関する本の執筆を思い立ったラクソールは、向かった先で風変わりな教会を発見する。そこに眠っている、怪奇な伝承が伝わるマグヌス伯爵という人物に興味を惹かれた彼はその霊廟の前で、自然と「お目にかかりたいものだ」と口にする。その時、カチャンという金属音が――。
(吸血鬼ものを下敷きにしつつ、独創的な怪異を表現した傑作。)
『「若者よ、口笛吹かばわれ行かん」』
休暇で海沿いの村を訪れたパーキンズは、友人に頼まれていた遺跡に赴く。試しにナイフで地面を掘ってみると、円筒形の物体を見つける。宿に戻ったパーキンズが汚れを掃除すると、それは笛のようなものだった。試しに吹いてみた途端、脳裏に浮かんだ映像は――。
(かつて "シーツのおばけ" がここまで怖い作品があっただろうか!)
『トマス修道院長の宝』
サマートンは偶然訪れた先で、黄金伝説の謎を解明する鍵を発見する。数日後、牧師のグレゴリーは友人であるサマートンからの手紙により、彼が泊まっている宿を訪れる。再会したサマートンはひどく怯えていて、グレゴリーに頼みごとをしてくる――。
(黄金伝説を下敷きにした怪談。C.A.スミスが創作するダーク・ファンタジーの要素も伺わせる。)
『付録 私が書こうと思った話』
作品に昇華しきれなかった怪談の種であるアイデアを書き綴った覚書。これらのアイデアは後に、他の作家たちの筆によって花開くことになる。