福永信の作品一覧
「福永信」の「コロナ禍日記」「三姉妹とその友達」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「福永信」の「コロナ禍日記」「三姉妹とその友達」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
Posted by ブクログ
個人的には中原昌也・青木淳悟・福永信という芥川賞未受賞作家の三人こそが、ここしばらく日本文学の先頭を走っていると思っている。そんな福永信の最新作はもちろん問題作。
「スマートフォンを海へ投げ捨て、貝がらを耳にあてろ!」という謎の帯文が、ふざけているようで実のところ中身のすべてであるという不条理小説の極み。しかし普通のストーリー小説ではないので、ネタバレとかそういう問題は一切ない。むしろここには、物語を語りながらも、物語とは別の面白さしかない。
いや物語はここにも確かに存在するのだが、あるのはいわゆる物語の面白さではなく、それを意識的に破壊することによって発生する怪しい熱のようなものだ。ここにある物語的要素は、破壊されることを前提とした素材であり燃料であって、それ自体を目的として作り上げられたものではない。いわば「道具としての物語性」ということになるだろうか。物事にはそういう使い方もある。
感覚的に言えば、「何ひとつ有意義なことは言っていないのに、すべてを言っている小説」ということになるが、「のようなふりをして、やっぱり何も言っていない小説」とつけ足すのが本当かもしれないし、さらに「のようでいて、やっぱり世界全部を言い尽くしている小説」と、もひとつ足して言い切りたい欲望にも駆られるこの無限ループ。「あるようで、ない。ないようで、ある」そんな宙ぶらりんな状態を面白いと感じる向きは、ぜひ読むべき一冊。もちろん二冊でも三冊でも百冊でもなく一冊。
表題作「三姉妹」とそれに続く「そのノベライズ」という作品がワンセットで「戯曲+その小説版」のような形をなすトリッキーな構成。明らかに二度手間に見えるが、形が変われば中身は変わる。思ったよりだいぶ変わる。もちろん変わらない部分もあるが、だからこそ変わって見える部分が浮き彫りになるようでもあり、気になって仕方なくなってくる。
となると、そのいかにも狙いすましたような枠組みに意識を奪われがちであるが、単なる形式主義とは異なり、ワンフレーズ単位の面白さ、その言葉のつなぎ方のセンス、そしてそういった言葉の並びから自動生成される物語の一見スムースに見えてまったく捉えどころのない「騙し絵」のような動きなど、やはりこの作家は中身の精度がすこぶる高い。そう、福永信の小説は、いつも騙し絵のようだ。
ちなみに、巻末に「友情収録」されている「この世の、ほとんどすべてのことを」という小品も、いかにも「ちなみに」といった佇まいで、ひらがな増量で軽く書き飛ばした童話のようなふりをしていながら、その実とぼけた顔してババンバンな逸品。あるいはこちらのほうが、福永信の凄さを瞬間的に感じられるかもしれない。
Posted by ブクログ
2020年8月に出されたものなんだけど、あの時、皆どんなことを思って生活していたのかが急に気になって、読んだ。(強いて言うなら、目当てはニコ•ニコルソンさんかな……)
円城塔さんの日記では、高確率で同じ本を読んでいて、なんとなく辿っていっている思考のようなものにまで触れられた気がした。
定期的に来る、母親からの父親一周忌お知らせメールは、笑っていいのかいけないやつなのか、ちょっと難しい。
アメリカやヨーロッパに住んでいる日本人筆者の日記では、自分たちが急に差別の対象となったことへの気持ち悪い違和感が書かれていた。
同時に、星野源のMVに対する怒りのコメントもかなりの割合で入っていることに、驚いた。
私には、どこからどこまでが呑気の範囲で括られるのか、よく分かっていない。
さらに自分に想像力がないなと思ったのは、ワンオペ育児と書いている人の日記だった。
この時期に、新生児を抱えて日々過ごすことの不安や神経質な思いの一端を知った。
振り返ると、マスク不足で不安に思っていたことは、随分前のことのようにも思う。
検温とアルコール消毒はもはや日常で、目の前に立てられたアクリル板のせいで、向かいの人が何を話しているかも、もう聞こえなくなった。
そんな世界でも、相変わらず私は、誰かから見ると呑気な生活を送っていて。
そしてその誰かは、世間を社会を恨んで絶望して、今にも生きることを諦めかけているかもしれない。
見えないことを推量することの意味は、結局、見えることには敵わないのだろうか。
無力にも、ただ問うことを繰り返している。