南後由和の作品一覧
「南後由和」の「ひとり空間の都市論」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「南後由和」の「ひとり空間の都市論」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
現在、読書中
<印象的な部分>
・おひとりさま現象との共振、単身者の増加、単独世帯の増加
これらは、ひきこもり、孤独死、無縁社会などの社会問題と結び付いた
・個人化と都市化、個人が解き放たれて自己選択の余地が拡大、個人のライフコースの脱標準化
・都市的生活様式:食を都市の消費空間に外部依存、常に移動、匿名性
<自分が考えたこと>
南後由和『ひとり空間の都市論』は、単身世帯の増加や都市における個人のあり方を手がかりに、現代社会における「ひとり」の意味を問い直す一冊である。
印象的だったのは、「おひとりさま」という現象が、個人の自由や自己実現の広がりとして肯定的に捉えられる一方で、ひきこもりや孤独死、無縁社会といった問題とも結び付けられてきたという点だ。同じ「ひとり」であっても、そこには自分の意思で選んだ自由な時間もあれば、望んでいない孤立もある。単身世帯の増加という現象だけを見ていては、その背景にある一人ひとりの生活や思いまでは見えてこない。
個人化と都市化が進むことで、人々は従来の家族や地域、職場などの規範から解き放たれ、自分の生き方を選択する余地を広げてきた。結婚や家族形成を含め、人生の歩み方が多様化することは、個人の自由という点で重要な変化である。一方で、自由に生きられることと、安心して生きられることは、必ずしも同じではない。自分の生き方を選べる社会であっても、困ったときに頼れる人がいなかったり、誰かとのつながりを感じられなかったりすれば、その自由は孤立と隣り合わせになる。
また、都市的生活様式として示される、食を外部の消費空間に依存すること、絶えず移動すること、匿名性が確保されることも興味深い。都市には、家族や地域のしがらみから離れ、誰にも干渉されずに過ごせる自由がある。ひとりで飲食店に入り、街を歩き、自分だけの時間を楽しむことができる。しかし、そうした生活が便利になる一方で、地域の人々と顔を合わせたり、何気ない会話を交わしたりする機会は、意識しなければ生まれにくくなっているのかもしれない。
ここで考えたいのは、人が集まることと、人がつながることは同じではないということだ。多くの人が集まる商業施設であっても、互いに関わることなく過ごすことはできる。反対に、小さな商店で店主と交わす何気ない会話や、地域で顔見知りの人に出会うことが、自分もこの社会の一員なのだという感覚につながることもある。人と人とのつながりは、必ずしも深い関係や強い絆だけを意味するわけではない。挨拶を交わす程度の緩やかな関係も、安心して暮らせる社会を支える大切な要素なのではないだろうか。
もちろん、ひとりでいること自体を問題視する必要はない。誰にも気兼ねせず、自分のペースで過ごす時間は大切である。人とのつながりを求める人もいれば、適度な距離を保ちたい人もいる。だからこそ、目指すべきなのは、すべての人に交流を求める社会ではなく、ひとりでいる自由を保障しながら、必要なときには誰かとつながることができる社会なのだと思う。
本書を通して、社会を見る解像度を上げることの大切さを改めて感じた。単身世帯の増加を単なる人口や家族構成の変化として捉えるのではなく、その背後にある個人の自由、都市の利便性、消費のあり方、地域との関係、そして孤独や安心といった複数の視点から考える。そうすることで、これまで当たり前だと思っていた都市の風景も、違った意味を持って見えてくる。
よりよい社会とは、便利で効率的な社会なのか。それとも、人と人とのつながりが豊かな社会なのか。もちろん、どちらか一方を選べばよいわけではない。個人の自由と他者とのつながりをどう両立させるか。その問いを、私たち自身の暮らしや地域のあり方に引き寄せて考えることが重要なのだろう。
ひとりでいられる自由と、ひとりきりにならなくてもよい安心。その両方を保障できる社会とはどのような社会なのか。 本書は、都市の空間を読み解きながら、私たちがこれからどのような社会をつくっていきたいのかを考えるきっかけを与えてくれる一冊である。
Posted by ブクログ
どんな住宅がこれから要望されるかと思って、本を読んでいるのだが、なかなかストライクゾーンが見えなかった。
それが、この本を読んで、やっとフロントガラスの景色がはっきりと見えてきた。
それは、都会とは「ひとり空間」で成り立っているということだ。ひとり世帯が、東京では45%を超えている。
都会は、一人の方が暮らしやすいのだ。都市では、子供や老人が負担になり、結婚が遅れ、結婚をしない人も増え、個人が複数の自分を生み出す。名前は消失し、匿名の非人格的な存在となる。田舎にあった地縁のしがらみ、近隣の人間関係から解放される。都会は、自分に合った刺激があり、自分で好きな情報を選択できる。携帯電話とSNSは、ひとり空間を充足させる。食は、コンビニやテイクアウトで外部依存ができ、いいよに誘われる。カウンター居酒屋、ひとり焼肉、ひとりカラオケ、ネットカフェ、個室ビデオ、カプセルホテル、コインランドリー、ひとり空間はあふれ、自由気ままに生きられるのだ。
そして、都会では、老人は孤独死をする。
住居は、第1空間、学校や職場が第2空間。そこを移動する空間が、都会に用意される。この本の最初に論じられているのが「孤独のグルメ」で、現在の日本の立派な都市論だという。そして、「状態としてのひとり」を実証していく。
みんなという言葉は、昭和で死語となった。コロナがさらに、ひとり空間であることの安全性を示している。
引きこもりが、社会悪のように言われていたのが、当たり前になってくる。仕事のスタイルもコックぴっどみたいになる。住居も一人でゆったりできる好きな空間を作り上げることになる。ひとりをコミュニティにつなげる新しい形が生まれるだろう。
Posted by ブクログ
一人焼き肉、一人カラオケ、漫画喫茶など、世界でも類を見ない一人空間に溢れる日本。
一方でひとりに対してポジティブな視線を向けられることは少ない。
筆者は「都市空間ではひとりである状態が当たり前だ」という前提に立った上で、なぜ日本にはこうまでしてひとり空間に溢れるのか?を住空間から商業空間まで幅広い視点で分析している。
様々な論文を引用しながら内容が構成されているので、非常に多くの知識と視野を得ることができ、中でも公営団地が大量供給された後、その子ども世代が独立し、六畳一間で一人暮らしすることを「団地から子供部屋だけが飛んでいった」と描いたことや、都市中心部における一人暮らし住宅は狭小ではあるが、食や娯楽の機能を街へ拡張している(冷蔵庫はコンビニで、本棚は本屋で)、という点は興味深い内容だった。
一方で学術的な書き方をしているからか、もっとわかりやすい文章にできるだろうに、難解な文章(風)になっているのが残念なところ。