カンディンスキーの「理論書」。大学で同僚だったパウル・クレーの『造形思考』に似たベクトルもあるが、感じられるニュアンスはかなり違う。
クレーにはまだ語り尽くせない秘教的な部分があったのに対し、カンディンスキーはもっと直接的である。
カンディンスキーはとにかく、「点・線・面」に関する絵画的現象を「科学
...続きを読む的に」分析しようと図っている。この「学問化」への情熱は、精神分析を学問の一分野として定着させようと躍起になったフロイトにも近い。
ただし、ここでの論述は、思考の飛躍が多くてあまり「科学的」厳密さが感じられない。根拠のなさそうな断言が多いのである。
たとえば「水平線は冷たく、垂直線は温かい」という断言も、イメージとして水平線が凪の海を思わせ、垂直線が上空-太陽と結びつく、と考えれば連想作用がわからないでもないが、その断定は科学的とは言いがたい。そういったところは、カンディンスキーは『イメージの詩学』のバシュラールの現象学的手法にもっと学ぶべきだったのではないか。
随所において説得力に欠ける記述がどんどん続くが、是非はともかく、著者の志向性そのものがひとつの幾何的運動として強く浮き出てくるので、その軌跡を味わうように読むのが、本書の楽しみ方だろう。
1920年代において西洋絵画はこのような「数理志向」を打ち出してきたが、音楽では12音主義がこれに近いけれども、もっと理論づくめの数理志向があらわれたのはもっとあとで、ブーレーズ、シュトックハウゼン、クセナキスなどが該当する。
理論の是非はともかくとして、そうした数理性がもたらす他者的構造物の生成が切り拓いた世界観転回は、20世紀のかけがえのない財産である。