本書は,著者がCEOを務めるパフォーマンス・オブ・ア・ライフタイムが過去20年間に助言を行った実在の企業の経営者と従業員を主役とする,ケーススタディとストーリーを集めたものである。
ケーススタディとそのストーリーを集めたものであるから,よくある経験談に基づく逸話集かと思いきやそうではない。本書
...続きを読むはパフォーマンス心理学という草の根の心理学実践から生まれた心理学を理論的バックボーンとして行われる研究実践活動の記録である。パフォーマンス心理学は教科書にも載っておらず,特に日本ではほとんど紹介されていない。しかし,学問的に奥が深く,次世代の心理学であることから,本書はパフォーマンス心理学に基づく逸話集と言えるであろう。
パフォーマンス心理学とはその名の通り,パフォーマンスという観点で人間を考える。パフォーマンスとは,自分とは異なる人物を演じたり,他の人物の振りをしたりすることである。要するに,人生を舞台と考え,そこに生きる我々は常にパフォーマンスする存在であるとみる。
ソリが合わず誤解と対立が日常茶飯事になっているヴェラとテオ。彼らは自分のことに固執するあまり「対立」という劇を演じている。それならば,「対立に戯れる」という新しい劇をしてみよう。ヴェラはテオ役を演じ,テオはヴェラ役を演じる。つまり,パフォーマンスをしてみる。パフォーマンスによって新しい自分を演じた(手に入れた)二人には,まるで対立していた日々が嘘のようであった。(「対立と戯れる」p.124)
日々を生きる中で我々はある役割に固着してしまう場合がある。我々は役割を演じているだけなのに,役割が我々を規定してくる。でも,その役割に固執する必要はない。我々は常に新しい自分になれる。パフォーマンスによって。
本書は実例を通してパフォーマンスのコツを教えてくれる,極めて実践的な書でありながら,パフォーマンス心理学という学問への入門書としても読める,まさにパフォーマティブな書物である。『パフォーマンス心理学入門』とセットで読むと,また深みが変わってくるかもしれない。
大事なことを書き忘れていた。パフォーマンスのためには,仲間が必要である。1人でパフォーマンスはできない。パフォーマンスには他者を必要とする。本書を読む際には,ほかの人を誘い,「演技指導グループ」を結成してから読むと良いかもしれない。