̄月は昨日とおなじ、ぎんなんのようにぷっくりとふくれて浮かんでいた。(P.16)
暮れかけた世界は、藍色とオレンジを水彩でまぜたみたいに、うつくしくにじんでいる。(P.67)
空にはぎんなんのように、不恰好に太った月がうかんでいた。あたりはすっかり夜だ。(P.81)
それなりに苦労のあとがある。歳
...続きを読む月のすぎさりも。そして得体のしれない憂鬱をぶらさげて、ただじっとわたしのことを見る。(P.135)
海沿いの古いホテルで働くことになったみつみ。「人間はみな罪を犯して生きている」という頼子さんの言葉を信じ、行き場の無い感情を出さずにいる登場人物たちの閉塞感。みつみは母に全てを縛られて生きてきて、今度は自分が母になるという時、どんな母親を理想として思い描くのだろう。たんたんと、みつみのホテルで働き、あるカメラマンと出会い、不倫相手の家に行き、別れを告げる様子がえがかれている。かつて自分を縛りつけ、勝手に死んだ母。そして、頼子さんもまた、義母に虐げられ、夫にも手をあげられ、自分を守るために夫を殺していた。罪と許しという大きなテーマの中で隠していた、思い出さないようにしていた過去が明るみになった時、みつみと頼子さんの交わってはいけない運命が重なってしまう。女は唯一、子が産め、神聖な聖母のような描き方もされているが、子を守るためなら他人を殺すこともでき、強い生き物であり、男より執念深く、恐ろしい生き物でもある。自分が殺した女の横で出産をするという生と死の対比、死体から流れ出る血液の赤と、出産の赤の対比が美しくも残酷であり、インパクトのある終わり方で頭に残った。