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作品一覧

  • アウシュヴィッツの歴史
    NEW

    アウシュヴィッツの歴史

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,210円 (税込)
    この地になぜ、巨大収容所が作られたのか? 110万人以上が犠牲になった大量虐殺(ホロコースト)の実態とは? 前史から戦後まで、第一人者が明かす入門書の決定版! 収容者はどんな仕事をしていたのか? ガス室はいかにして設計されたのか? 収容所親衛隊員はどう裁かれたのか?……など ドイツ近現代史の核心が、この一冊で掴める! 【本書の内容】 第1章 アウシュヴィッツという街 第2章 収容所 第3章 強制労働と絶滅 第4章 モデル都市アウシュヴィッツ 第5章 ユダヤ問題の「最終解決」 第6章 絶滅の中心地 第7章 最終局面 第8章 解放後の都市と収容所 第9章 法廷で裁かれるアウシュヴィッツ 第10章 アウシュヴィッツの嘘
  • 日本人が知りたいドイツ人の当たり前

    日本人が知りたいドイツ人の当たり前

    ビジネス・実用

    -
    1巻1,870円 (税込)
    「どうしてドイツの店は早く閉まるの?」 「夕飯は冷たいものを食べるって本当?」 「統一のことをどう思っているの?」 ドイツ人の友達や先生に聞きたいけれど…。 そんな今さら聞けない基本的なことから、長年勉強していても今ひとつ納得できないでいたことまで、100の疑問を解消します! 知りたくて読むからリーディングスキルがつく! すぐに使える会話例も掲載。 電子書籍に音声は含まれておりません。
  • 超約ドイツの歴史

    超約 ドイツの歴史

    ビジネス・実用

    5.0
    1巻2,200円 (税込)
    GDP世界3位、今、世界が注目する国家、ドイツ。 ゲルマン人の台頭からメルケル以後まで、その2000年超の歴史を4つの時代区分で大胆に要約。 ドイツの歴史を知れば、ヨーロッパの現在がわかる! 図解&カラー図版多数

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ユーザーレビュー

  • 超約ドイツの歴史

    超約ドイツの歴史

    ビジネス・実用

    Posted by ブクログ

    ドイツの地政学から見た歴史であり、もともとゲルマンは西のライン川周辺のエリアであったが、エルベ川以東のスラブ系の地域と一緒になることで東と西への引力がそれぞれ働き近代、現在に至る混乱を引き起こしている。

    近代にプロイセンが東で勃興し封建貴族ユンカー主導の専制的な国家となった、フランスまでの西の諸侯がまとまらなかったことでプロイセン主導の現在のドイツは誕生したが、東へ行こうとするプロイセン系(ベルリンを含む)と西欧文化を受け継ぐ西側では文化が全く違い、ソ連にナチスが宣戦布告したのもこの文脈からである。今もネオナチは東側で勢力が強くドイツの分断につながっている。

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    2024年10月30日
  • アウシュヴィッツの歴史

    Posted by ブクログ

     アウシュヴィッツ・ビルケナウ収容所を見学する前に概要を知りたくて手にした。
     この本では、何故アウシュヴィッツ(オシフィエンチム)に強制収容所が作られたのかが分かる。コンパクトによくまとめられている。
     そこで行われていたこと、どうしてそんな残酷なことをしたのかは、別の本を参照した。
     

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    2026年10月02日
  • アウシュヴィッツの歴史

    Posted by ブクログ

    ポーランドにあるアウシュヴィッツ強制収容所。現在同地は世界遺産として海外ツアー客が年間150万人ほど訪れる場となっている。かつて第二次世界大戦時にヒトラー率いるナチス・ドイツが設置し、ユダヤ人根絶を目的に大量虐殺を行った場所、というのは誰もが知るところである。戦後のニュルンベルク裁判を始めとした各種戦争裁判などでも、その後何十年と同地を含むドイツが設置した収容所に関連する事件について裁きが継続されている。勿論今となっては収容所で虐殺を行なった側のドイツ関係者は、その大半が死亡しており、直接的に裁く事はできない。だが人間が同じ人間をいかに効率よく殺戮していくかを追求したアウシュヴィッツについては、今なお多くの研究がなされ、2度と繰り返してはならない戦争の悲劇を伝える象徴的な位置付けとなっている。
    アウシュビッツ強制収容所はナチスにより当時最大の複合施設として建設された。収容所は3棟。それら捕虜やヨーロッパ人各地から強制連行されたユダヤ人たち囚人の強制労働に使われていた。それらはナチズムに基づくアーリア人至上主義のもと、ユダヤ人の種の絶滅を目的とした収容所としても機能している。1940年5月より建設が開始され1945年までの期間、ナチス親衛隊やそれに準ずる部隊により、110万人から130万人(150万人とも)が、この収容所に移送されてきたと推定される。そのうち110万人はここで銃殺やガス施設などで殺害された。このうち、ビルケナウは第三収容所として1941年より建設開始されたものであり、絶滅を目的とした最大規模の収容所である。ここでかの有名なツィクロンBガスを用いたユダヤ人の殲滅が行われた。
    ユダヤ人を始めとする囚人たちは、到着後すぐに選別が行われる。働ける男子は強制労働へ、そうでない老人、子供、女性たちは、連行するなり直ぐに衣服を剥ぎ取られ(それらはドイツ国民や兵士のために再利用される)消毒と称した設備に向かう。そこでガスにより殺害されたのち、そのまま死体は焼かれるという流れである。これを書いているだけで、吐き気をもよおす様な凄惨な風景が思い浮かぶのだが、当時のナチス・ドイツが如何に神がかり的な思想に支配され、それに抗えない兵士たちの気が狂った表情までもが思い浮かぶ様な地獄の様相だ。戦後、それらドイツ側の関係者はその数の多さに、直ぐには捕縛されず長い年月をかけて逮捕され、裁判にかけられている。戦後のドイツ政府のこうした姿勢は一定の評価がなされているものの、やったことに対する当然の行為といえばそれまでである。
    ナチス・ドイツ崩壊の1941年1月にはソ連がアウシュヴィッツ周辺まで侵攻し、残された囚人を解放するが、その多くは餓死寸前の状態だったという。現在その敷地や遺品などがアウシュビッツ・ビルケナウ国立博物館として保存・公開されており、前述した様に戦争の悲劇を繰り返さないための平和教育の一環として、世界中からの訪問者を受け入れている。
    本書はそうしたよく知られている事実のみならず、その設立からの施設の使用や増設の過程、最終的にガス設備が設置され、殺戮だけを目的とした設備に変遷していく流れを理解できる内容となっている。設備の詳細や薬品研究、戦後関連企業がどうなっていったか、そこに従事した職員の戦後に至るまで、アウシュヴィッツを中心とした史上最大の民族殲滅の歴史について、俯瞰的に学べる一冊である。

    0
    2026年09月19日

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