大山定一の作品一覧
「大山定一」の「マルテの手記」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「大山定一」の「マルテの手記」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
Posted by ブクログ
久々に主だった筋のない、断片を繋ぎ合わせたタイプの小説を読んだ。そうして思うのは、私はこういったタイプの小説に非常に安堵感を覚えるということだ。人生は物語ではない。断片を継ぎはぎしたものである。そう言った方が私の実感と合っているし、結局のところなまの人生をより広く肯定しているように感じられる。
内容であるが、意外と明るい。死という絶対無の恐怖に怯えながらも、全体としては生への肯定が貫いているという印象を受ける。特に終盤などはそうである(ちなみにストーリーらしきストーリーがないにも関わらず、終盤にかけて明らかにボルテージは上がっていき、興奮する)。ところが並々ならないのは、この生の肯定を産み出しているのが死の恐怖なのだということである。〈僕たちにとって、死の恐怖は強すぎるに違いないが、それでも本当は僕たちの最後の力だと、僕はそんなふうに考えている。〉この一文には大変な衝撃を受けた。
他にも閃き悟すような言葉がたくさんあった。それらはまさに一瞬にして閃光をもたらす詩の力と、蓄積の末に静かなる地響きをもたらす小説の力の合わせ技という感じがした。これは何度も読み返すと思う。
Posted by ブクログ
果たしてこれを物語としてよいものか。
なんて孤独で乾いているのか。まるでランボーが書きえないものを書こうとして時空から立ち上がり、筆を折ったみたい。きっとこれを書き上げたリルケも筆を持てなかったに違いない。
ゲーテは理解されないのを知ってことばを選んで紡いだ。だが、彼は理解されないのを知りつつも、あえてことばを変えなかった。表現や訳、ことばが難解なのではない。彼が書こうとしたそのものが難解なのだ。普通の三文作家なら挑むことさえ思いたてない、そんなものを書こうとしたのだ。こんな世の中ですべてのひとに理解される方が恐ろしい。
たったひとりで、ことば以前の存在を追い求めて、マルテはパリを彷徨う。孤独は悲しかったりさびしかったりするものではなく、孤独であり続けられるそのことが難しい。彼は「わかって」しまったひとだった。書かれているものは断片的な手記ではなく、すべて「心」の一縷の流れから生まれたきわめて連続的なものなのだ。
書くにつれて、徐々にリルケとマルテの境界が溶けていく。これだけ壮大な独り言だ。区別できる方がおかしい。マルテがリルケであり、リルケがマルテなのだ。
絶望や悲しみよりももっと遠い、真実に至るために孤独であり続けることの難しさ。受難。これが狭き門なのだろう。ジッドが共鳴するのにも納得がいく。
Posted by ブクログ
事件は起きない。あらすじも伏線もない。パリに来たデンマーク人というフィクショナルな設定があるだけ(リルケはドイツ人)。
そのマルテが、自由な形式で、パリで見る景色を語ったり、かと思うと過去を語る。詩や音楽を語り、そんな連関性のない話を重ねていくが、読者はそれにつれて自分の心の奥底を覗き込むように誘われる。
リルケはこの小説を、散文というよりは詩として書いたという。それほど長い小説ではないが、6年ぐらいの歳月をかけて、文章を練りに練って書いたので、密度は非常に濃く、読み進むのにもエネルギーがいる。数行読んだだけで本を閉じて物思いに耽ってしまう、僕はそんな読み方をした。そんな感じである年のひと夏ぐらいかけて読んだ記憶がある。
マルテは英雄でも聖者でも有名人でもなんでもない、ただの異邦人の若者。そんな若者の内省の話。それが、特別の価値を持つ世界文学の古典になっているという事実。
それが世界的詩人の実力なんだろうな。
Posted by ブクログ
中学生の頃のピアノの楽譜入れだった母の手作りのお洒落な鞄がひょっこり出てきて、中を開けるとこの本がひっそりと息づいていました。
『マルテ・ラウリス・ブリッゲの手記』の作者は、134年前の1875年12月4日にオーストリアのプラハに生まれた詩人で小説家のライナー・マリア・リルケ、スイスに移り住み薔薇の棘の傷がもとで白血病によって51歳で死去。
これは、孤独な生活を送りながらパリの街で出会った人々や芸術や自分自身の思い出などについて、デンマーク生まれの青年詩人マルテが思いついたことを断片的に書き綴っていくというスタイルで書かれた彼のたったひとつの長編小説です。
この本は中1と中2のときに4度読んだのですが、読んだ後の1、2カ月はまるで何かにとりつかれたかのように、普段の自分じゃないような落ち込みようで、当時の私の心情にもっともフィットする雰囲気の小説でした。
パリの町を京都の町に置き換えマルテになりきって孤独と赤貧を自らのものとし、生死の不安に苛まれて苦悩するという時間を持ちました。
初めはその中に沈潜してペシミスティックに埋没して、絶望のどん底という風でしたが、そのうちにそれらを覆すような内心の声に導かれて、今まで断定的に語られていた、あるいは疑問形で問いかけられていたことに対して、違う視点で発想して、行き詰った結論をもういちど洗い直していこうとするような風に変わっていきました。
ちょうど同じような世紀末のいわれのない絶望感や虚無感を共有していたのでしょうか、私は奇しくも頽廃の一歩手前で踏みとどまって生還しましたけれど。
あの頃の読書は、今から考えると、意図した分けでもないのにどこかで繫がっていたようですが、彫刻に手を染めるきっかけの『考える人』のロダン、ドストエフスキーを深刻に読む以前の親しみやすいロシア文学だった『はつ恋』のツルゲーネフや『アンナ・カレーニナ』のトルストイ、『悪の華』のボードレールや『狭き門』のアンドレ・ジイド、『魅せられたる魂』のロマン・ロランや『テスト氏』のヴァレリーなどなど、リルケが影響されたとか交流があった人たちは皆、私にとっても親しみ深く何がしかの影響を受けた間柄でした。
※3行追加しただけで2009年に書いたものがすべて消えてしまって、全部2012年4月24日に登録したことになってしまいました。私のように推敲して書き改めることもあるというスタイルに適合しない機能のようです。
Posted by ブクログ
リルケ自身がこの小説について語った言葉の一部を掲載させていただきます。
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ぼくは『マルテの手記』という小説を
凹型の鋳型か写真のネガティブだと考えている。
悲しみや絶望や痛ましい想念などがここでは一つ一つ
深い窪みや条線をなしているのだ。しかし、もしこの鋳型から
ほんとうの作品を鋳造することが出来るとすれば
(たとえばブロンズをながしてポジティブな立像をつくるように)、
たぶん大変素晴らしい祝福と肯定の小説が出来てくるにちがいない。
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何かしらちょっとでも感じるものがあったなら読んだ方がいい。
リルケは読み手に静かに一つの方角を教えてくれているんだ。
余談。リルケは薔薇の棘に刺された傷がもとで急性白血症となり死去したらしい。生と死に苦悩し続けたリルケ、些細な出来事が死に繋がってしまったとはなんと儚く、彼らしい…と思ってしまうのは失礼かな。