室井尚の作品一覧
「室井尚」の「文系学部解体」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
「室井尚」の「文系学部解体」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
Posted by ブクログ
文科省による国立大学への文系学部(特に人文学系)再編要請に対して、国立大学改革の実情や歴史、そして大学の役割等の観点から、その要請がいかに不合理なものであるかが、横浜国立大学教授の著者によって喝破されている。
社会で「役に立つ」学問の教育に力を注ぐべきと政府は煽るが、国が定めた「あるべき」像に隷従した果てに社会の進歩が見えてこないのは私だけではないはず。
本文でも言及されている通り、進歩とは前に進むことであり、「前」がどちらなのかが分かっていなければ逆走だってあり得る。人・コミュニティ・組織・地域・社会によって「前」は多様であるはずだから、一人ひとりが考え、対話し、うっすら見えた「前」に向けて行動していくことを促す場づくりが大学の役割だと思う。
社会で正解とされていることを疑ってみる目を養い、正解は一つではないこと、むしろ正解などないことを経験・学習したうえでそれぞれのフィールドに飛び立つ。このような人が本当の意味で社会で「役に立つ」のだと感じた。
Posted by ブクログ
あっはっはっは。
つい声に出して笑ってしまった。室井尚さん。すいません、今まで存じ上げなかったのですが、横浜国立大学の先生なのですね。(内田樹推薦、が目を引いた)うわー、言うべきことを言ってるなーと、楽しくなりました。
国公立大学から文系学部がなくなる、とメディアがざわついたことは比較的記憶に新しい。で、ここにこんなに憤っている方がいらっしゃったわーと思って嬉しかった。
12月22日付の朝日新聞、鷲田清一の折々のことばにはこう書いてあった。
「死ぬとわかっていてなぜ人は生きていけるのか。その根源的な理由を考えるのが、文学部というところです。大宅映子」
これを見せてもらったとき、しみじみそうだなあと感じたし、これを載せた鷲田清一の思うところにも共感したのだった。
学問とは使えるか使えないか、便利か不便か、そんな選択でははかれない「知へのアプローチ」だと思っている。
筆者の言うように、ものをどう見るか、考えるか。本当はそういう所に楽しさがある。
でも、訳の分からない名前のナンデモアリな文系学部とか、就職が厳しいものだからコーディネイター化してみたりとか、ともすれば資格取得で釣ろうとする高級専門学校化とか。
学問からずっと離れたアプローチに切磋琢磨してきた大学も沢山ある中で、生き残るってどうしたいの?とも思わなくもない。
つまり、それが学生のニーズなら、それが国や産業界のニーズなら、って簡単に切ってしまえる大学も少なくはないのかもしれない。残念だけど。
筆者のような方が声をあげることで、文学部が単に軽視された末に消えてゆくのではなく、文学部が希少であることで本来的な意味で確実に生き残れば良いのにな。