四書五経の四書の一つに数えられる「孟子」の入門書です。
角川ソフィア文庫の本書は入門書としてちょうど良い構成だと思います。難しすぎず、一方で孟子の思想的特徴はしっかり押さえている。解説もしっかりしています。
個人的に本書を読んで感じたのは孟子思想の現実主義性ですね。
これまで孟子と聞いて真っ先に思
...続きを読むい浮かぶのは「性善説」でしたので、てっきり理想主義的な思想書だと思いましたが全く違いました。
孟子は、人の善性は教育によってしっかりと育まれなければ悪事を犯すようになると考えていました。また「安定した収入がなければ、安定して道徳心を保つことはできない」(恒産なくして恒心なし)と説きます。その通りですよね。
その意味で孟子の思想は孔子(論語に見られる孔子の思想)と比べても現実的だと感じます。
面白いのは百家の一つである農家の弁士、陳相とのやり取りの下り。
陳相が、
「滕の国主は賢君だが、民とともに耕すことを知らないのでまだ君子の道を極めていない」
と述べたのに対し孟子は、
「(農家の代表である)許先生は自分の冠は自分で作るのか?農業に使う鋤や鍬をなぜ自分でこしらえないのか?」
「これらまで自分でこなすと農業の時間がとれないと述べるなら、どうして君子に政治と農作業を両立せよなどと主張するのか」
と至極真っ当に論駁します。
これらの議論はとても面白いですし、そのほかにも楊朱や墨子の思想に対する反論にも現実的な考えが示され、そのレトリックも妙なので面白く読めます。
一方で孟子はある意味 下剋上や革命を是認する姿勢も見られることから、昔から物議をかもしてきた思想でもあります(古代王朝である夏は殷の湯王に滅ぼされ、その殷も周の武王に滅されます。これは前王朝の悪政に起因するのですが、臣が君主を滅ぼしたことに違いはありません。しかし孟子はこの革命行為を擁護します。)。
こういった孟子思想のセンシティブな特徴も、本書ではしっかりと取り上げられています。
その他にも「孟母断機」や「孟母三遷」の故事で有名な母親とのエピソードや、中国神話(羿のエピソードなど)を扱ったコラムが織り交ぜられており、楽しく気軽に読むことができます。
中国思想初心者にはとてもおすすめの一冊だと思います。