元ボクシングヘビー級絶対王者マイク・タイソンの自伝。結構なページ数がある大著であるが、彼の人生には、それだけいろいろなことがあったということだ。『真相』というタイトルの通り、タイソン自身がかなり赤裸々に自身の人生で起こったことについて語っている。衝撃的である意味では喜劇的でもあったレイプ事件などについて、彼から見た「真相」が書かれている。もちろん、「真相」のいくつかについては割り引いて読む必要はありそうではあるが。
無敗のタイソンが、東京ドームでジェームス・ダグラスに敗れた大番狂わせの試合のことは覚えている。この本を読むと、その裏で、傲慢さと心の弱さによって、それまでに蓄積した自らの貯金をタイソンが食いつぶしてきた様子がわかる。「地上最強」「モンスター」と呼ばれていた無類の強さを、酒と女と薬で食いつぶしてしまったかと思うと、どうにももったいない。本人の意志の面もあるが、マネジメントチームがうまく機能していなかったことも大きな問題だった。本書はすべてタイソンの視点で書かれているため、その主張すべてが正しいかどうかはわからないが、ドン・キングと組んだことは大きな失敗のひとつだったように思われる。もちろん、最初の妻のロビンとの結婚もよくなかった。Heavy DやAl. B. Sureだとか2PACとかBobby Brown、Whitney Hustonなど懐かしい有名人の名前も出てくる。典型的な金と名誉に溺れて、それに群がる人にだまされたというストーリー。出てくる人やお金の単位にびっくりするのも本書の楽しみのひとつだ。
ボクシングとは別のもうひとつの軸が女性関係だが、これもまた激しい。タイガー・ウッズはセックス依存症と診断されたが、タイソンも当時同じような基準を当てはめれば、そう診断されたのではないか。それともウッズのイメージでは女性問題はダメで、タイソンならやりそうなので咎めなしなのかもしれないが。しかし、そういう機会が向こうから転がり込んでくるなら、そうなる素養は誰でも持っているんじゃないのかなと思ったりする。
タイソンは、ダグラスに敗れて王座から陥落した後、レイプ事件で三年間も収監されたあげく、ホリフィールド戦での耳噛み事件で一年間ライセンス剥奪されるなど、数年間の単位でボクシングをする時間を失っている。事件自体は、よく知られた話ではあるが、具体的にその後に失われた時間の長さについては初めて知った。レイプ事件はタイソンによるとはめられた、耳噛みの件はホリフィールド寄りのレフェリーがバッティング狙いの反則を止めなかったからだというが、さすがに自業自得であるところも否めない。史上最年少王者となったことから明らかであるし、三年間のブランク後に王座復帰を果たしたことからも、その才能は疑いようもない。やはりもったいない。ただ、その収監時の描写やその後のカウンセリングや薬物依存との闘いもひとつの読みどころである。それは、なぜか悲惨ではなく、どこかコミカルでさえある。
最後に添えられた監訳者のジョー小泉さんの文章が本書に厚みを加えている。おそらくは日本語版のみの補遺だと思われるが、ダマトとキングを単純な善悪に二分するべきではないと指摘するなど、単なる解説を超えた内容で素敵だ。カス・ダマトがタイソンを見出して引き上げたのは見事な手腕であり誇られるべき功績だが、一方でカスの指導の結果としてその後のタイソンの行動につながったと指摘する。歴史に、もしはないが、その後も引き続きカスがいて、ヘビー級タイトルのベルトを巻いても生き続ければどうなっていたのだろうか。
ボクシング自体のエンタテーメントとしての価値を引き上げた不世出のボクサー。そうであるがゆえの波乱の人生。意外に面白く読めた。果たして、タイソンを引き継ぐようなヘビー級ボクサーは再び登場するのだろうか。