エッセイ - 教育評論社の検索結果

  • コロナ時代を生きた僕たちへ
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    コロナ時代を生きた僕たちへ

    小説・文芸
    -
    1巻1,980円 (税込)
    青春と呼ぶにはあまりにも孤独な春だったーー 修学旅行、体育祭、部活動――。 2020年、すべてを諦めることが「正義」だったあの頃。 確かに存在していた学生の感情が、 今、言葉となって溢れ出す。 学生の視点からあの頃の激動を活写した、鮮烈なデビューエッセイ ◎目次◎ Ⅰ 2020  G線上のアリアは流れない/ 最も相応しい季節/ 京都行きの片道切符/  灰色の日々を踠(もが)く/  好きなことを好きなままでいるために/ それぞれの正義/ あの夏の日のバス停/ 選ばなかったことの蓄積/ 生と死の境界線/ 大人は判ってくれない/ 他者の中で生きる/  暗闇で重なる背中/ 帰るべき場所 Ⅱ 2021-2025 初めての春/ 友人からの誘い/ 時代に取り残された者/ 誇りと責任の中で/   焦燥に駆られる冬/ 歴史は繰り返さない/ 忘れられない言葉/ 二度と訪れない時間/   さようなら、京都/ コロナ時代を生きた僕たちへ ●本文紹介 青春と呼ぶにはあまりにも孤独な春だった。 時間は巡る。不遇を嘆いて怒りに任せた瞬間も、無力な自分のやるせなさに涙を涸らした瞬間も、やがて過去の記憶へと移り変わっていく。そのようにして乗り越えてきた経験がこれまでの人生にもいくつかあって、今の私を形作っている。 それでも、あの頃の出来事を過去として整理するには、まだもう少しだけ時間がかかりそうな気がする――。 二〇二〇年三月初旬、私は岡山に住む高校三年生であり、数日後に卒業式を控えていた。翌月には十八年間過ごした地元を離れ、新天地で一人暮らしを始めることになっていた。 長年同じ時間を過ごした家族との別れ、同じ志を抱いた新たな友人との出会い、いくつもの感情が交錯しながら忙しなく過ぎ去っていく日々の中にいた。 自分がどのような大人になるのか、頭の中であらゆる理想像を思い描いた。これまでの十八歳が経験してきたように、思春期とは一線を画した時代を経て、次第に大人への階段を登っていく未来を信じて疑わなかった。 しかし、現実は思い通りにはならなかった。 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の始まりは、二〇一九年十二月、中国内陸部湖北省武漢で発生した原因不明のウイルス性肺炎が、翌年一月にWHOに新型コロナウイルスとして認定されたことに遡る。同月中旬には日本国内で初めての感染者が確認され、二月初旬にはクルーズ船﹁ダイヤモンド・プリンセス号﹂内で十人の感染者が確認されたことも記憶に新しい。 WHOは「国際的な緊急事態にはあたらない﹂という判断を下したが、感染の勢いは驚異的であり、同月下旬には世界全体での感染者が二千人に上った。 混乱状態に陥った国内では、マスクや消毒液の品薄状態が続き、やがて医療機関でも物資不足が相次いだ。翌月には国内初の死者が確認されるなど、新型コロナウイルス感染症の勢いはとどまるところを知らなかった。(略) そしてその魔の手は、当時高校三年生だった私を含めた全国の同世代の若者にも着実に忍び寄っていた。 二〇二〇年二月二十七日、当時の首相は全国すべての小中高に臨時休校の要請を出した。以降、入学式や卒業式、体育祭や文化祭、修学旅行といった学生生活を彩る催事は、必然的に延期や中止を強いられた。それは小学校でも、中学校でも、高校でも、大学でも、あるいは北海道でも、沖縄でも、首都圏でも、私の生まれ育った岡山の地でも同じことだった。 学生は若くて強く、明日を生きる活力に満ち溢れていた。だからこそ私たちは、あの暗闇の時代に互いに手を取り合いながら乗り越えることができた。 一方で、学生は若くて弱く、自分が自分であるために抵抗する術を持たなかった。 だからこそ私たちは、一方的に制限されていく目の前の光景をただ黙って眺めていることしかできなかった。……(「はじめに」より)
  • 感情の海を泳ぎ、言葉と出会う

    感情の海を泳ぎ、言葉と出会う

    小説・文芸
    3.9
    1巻1,870円 (税込)
    良い文章ってなんだろう? 生きづらさの表現と向き合ってきた文学者が 「書くこと」について綴ったエッセイ 【内容】 被抑圧者の表現を追って踏み入れた学問の世界。文学者で物書き、人権や差別といった問題についても発信しているから、何者か分からないと思われている節がある。 一貫して向き合ってきたのは言葉について。 良い文章ってなんだろう? 今まで漠然と考えていたことを、あらためて直視してみようと思う。 「良い文章を探すことは、喩えるなら、夜空を見上げて星座盤にない星を探すようなものかもしれない。確かに今、視線の先に星は見えない。でも、この視界の先に星があると信じることはできる。信じた方が、夜の暗さが怖くなくなる。そう感じられる人と、この本を分かち合いたい」――「はじめに」より。 文章を書く人・書きたい人に贈る、良い文章と出会うための25篇。 第15回わたくし、つまりNobody賞受賞以来、初のエッセイ集! 【推薦】 言葉には人の「生」が滲む。出会ってきた人の姿、誰かの声、沈黙、悔恨、よろこび、幸福――ささやかで大事なものが溶けこんだ海にペンの先を浸し、自分の文章を書き始める。揺らぎ、ためらい、一文字も書けなくても、海に身を浸してそれでも言葉を探すあなたの姿を、この本は見ていてくれる。 ――安達茉莉子さん(作家・文筆家) 言葉で伝えるのは難しい。 その難しさを知っている人の言葉は、 こうしてゆっくりと届く。 ――武田砂鉄さん(ライター) 【目次】 はじめに――とはいえ、を重ねながら綴る 急須のお茶を飲みきるまでに 何者かでありすぎて、自分以外ではない 押し込められた声を聞くことができるか やさしい言葉 書いた気がしない本 憧れる言葉 羨ましい読まれ方 遠くの場所で言葉が重なる 伸ばせたかもしれない翼を語る 時々こうして言葉にしておく 感情の海を泳ぐ 生きられた世界に潜る ずれた言葉の隙間を埋める 心の在処を表現する 世界を殴る 何かするとは、何かすること 自分がやるしかない証明作業 言葉にこまる日のこと 子どもと生きる 「仕方がない」が積もった場所で 「分かってもらえない」を分かち合いたい 下駄を履いて余力を削る 文章と晩ごはん おわりに――綴ることは、息継ぎすること 【著者】 荒井裕樹 (アライユウキ) (著/文) 1980年東京都生まれ。二松學舍大学文学部教授。文筆家。専門は障害者文化論、日本近現代文学。東京大学大学院人文社会系研究科修了。博士(文学)。 著書に『障害と文学――「しののめ」から「青い芝の会」へ』『凜として灯る』(現代書館)、『隔離の文学――ハンセン病療養所の自己表現史』(書肆アルス)、『生きていく絵――アートが人を〈癒す〉とき』(亜紀書房、のちにちくま文庫)、『障害者差別を問いなおす』(筑摩書房)、『車椅子の横に立つ人――障害から見つめる「生きにくさ」』(青土社)、『まとまらない言葉を生きる』(柏書房)などがある。

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