あらすじ
ゴスペル,ヒップホップなど,アメリカ黒人のつくりだした文化は,なぜぼくたちを惹きつけるのか.歴史をさかのぼり,彼らの伝えてきた歌や物語を読み解いてみよう.そこは「悪い」が「よい」を意味し,小さな者が大きな者をギャフンと言わせる世界.困難を笑い飛ばし,常に楽しみを作り出してきた魅力的な世界へようこそ.
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Posted by ブクログ
ウェルズ恵子
津田塾大学学芸学部英文学科卒、同大学院文学研究科博士課程前期課程修了、神戸大学大学院後期課程中退。 1987年愛媛大学教養部専任講師、1992年立命館大学文学部助教授、2003年教授。 2009年『黒人霊歌は生きている 歌詞で読むアメリカ』で立命館大学博士(学術)。
「実は、黒人の英語では“ bad”が“ good”の意味になることがあるのです。黒人英語の辞書を引くと、“ bad”は「好ましい、ひじょうに素晴らしい」を意味する形容詞とあります。そして「白人の価値観の単純な逆転、いちばんいい、よいの意味」ともあります。なぜ、わざわざ反対の意味で使うのでしょうか。「悪い」が「よい」なんて、ややこしすぎますね。この複雑さの理由は何でしょう。 ことばの意味の二重性は価値観の逆転から発生していて、それは奴隷制度時代にまで起源をさかのぼれるでしょう。考えてもみてください。早起きする、よく働く、正直だ、素直だというような「よい」性質を身につけて、奴隷は幸せになれるでしょうか。どんなに働いても利益は主人が得てしまい、彼らは死ぬまで働かされるだけなのです。正直で素直であればあるほど主人に利用されてしまいます。つまり主人側の価値観で「よい」ことは、奴隷側には「悪い」ことです。ひるがえって、仕事の手を抜いたりその場しのぎの言い逃れをするのは、奴隷にとっては知恵を使った行動、生きのびるための「よい」行動になります。このような複雑な社会背景が、“ bad”という単純なことばの、黒人特有の意味の二重性に隠されているのです。」
—『魂をゆさぶる歌に出会う アメリカ黒人文化のルーツへ (岩波ジュニア新書)』ウェルズ 恵子著
「黒人文化を説明しようとすると、どうしても暗い話題になってしまいますが、黒人民話のよさは、憎しみや深い苦悩をおもしろおかしい物語にかえて発散しているところです。苦難の中でナンセンスな民話をつくって、みんなで大笑いするのです。強く生きようとする力を感じます。」
—『魂をゆさぶる歌に出会う アメリカ黒人文化のルーツへ (岩波ジュニア新書)』ウェルズ 恵子著
「彼は、孤独からの救いを愛に求めようとして女性に熱烈にアプローチしますが、うまくいきません。なぜそうなるのだろうと考え、得た答えは、自分が「罪人」( a sinner)だからというものです(黒人が自分を「罪人」とし、悪魔に親近感をもつということについては、第 3章でくわしく説明しました)。 ロバート・ジョンソンは、「罪人」の自分は地獄へ行くのだと予感し、「地獄行き」という結末に安心しようとします。どうなるかわからないよりましだからです。そんな彼のそばに寄り添い、最後の導き手となったのは、恋人でなく、悪魔でした(「心が酔っぱらってる男の歌」 Drunken Hearted Man)。」
—『魂をゆさぶる歌に出会う アメリカ黒人文化のルーツへ (岩波ジュニア新書)』ウェルズ 恵子著
「読者のみなさん、長い道のりをおつきあいいただき、ありがとうございました。黒人文化のどこが魅力的でしたか。すごいと思うところはありましたか。黒人文化がいまに生きている理由、その価値は何でしょう。みなさんと話し合えたらいいなあ。 私と黒人文化との出会いは、テキサスの刑務所で録音された囚人の歌声でした。くわしいことは何も知らずにカセットテープの歌声を聞いただけだったのですが、単調でえんえんとつづくコール・アンド・レスポンスの合唱に、意味もわからず感動しました。人は声を出してつらい人生を堪えるのだと、直感しました。人の声を聞くことが、大きな救いになるのだとも思いました。」
—『魂をゆさぶる歌に出会う アメリカ黒人文化のルーツへ (岩波ジュニア新書)』ウェルズ 恵子著
「それからいろいろ勉強してみたら、黒人民話のおかしいこと。身体が大きくえばっている者はいつもギャフンと痛い目にあい、怠け者やいたずら者や約束を無視する者がこっそり勝っています。ウサギの抜け目なさと、黒人奴隷ジョンやジャックの超人ぶりには驚きの連続です。こうしたお話を声で聞かされるのは、どんなに楽しく愉快なことだったでしょう。 黒人のことばでは意味が逆さになったり隠れたり、ほのめかされたりはぐらかされたりして、歌や民話は休みのないことばの鬼ごっこのようです。この奥深さも、私には衝撃でした。それに、私たちが「よい」と思っていることが、だれにとってもよいわけではないという事実は、頭ではわかっていても実際はなかなかのみこめません。でも、たとえば“ bad”が“ good”を意味するという黒人の英語に出会い、この人たちは“ good”を押し付けられてどんなに苦しんだのだろう、と感じました。いろいろな人が多様な価値観で生きざるをえないのが現実社会だと思います。」
—『魂をゆさぶる歌に出会う アメリカ黒人文化のルーツへ (岩波ジュニア新書)』ウェルズ 恵子著
「 アフリカ人を祖先にする人々やアメリカ合衆国の奴隷制度は、私たちには遠いことのようですが、意外と近くにつながりを見いだすことができます。その理由は、私たちが同じく人間であるということと、人間の中に奴隷状態をつくり出す暴力的な性質と同時に、暴力の被害を生き抜く能力があるからでしょう。私たちはいつも平和を求め、幸せになりたがっている。それも黒人文化が私たちと身近な理由です。厳しかった時代の黒人が平安を求める気持ちはとくべつ強かったと、歌や物語が証明しています。」
—『魂をゆさぶる歌に出会う アメリカ黒人文化のルーツへ (岩波ジュニア新書)』ウェルズ 恵子著
「逆に、遠い距離をおいてアプローチするのもたいへんいい方法です。心ひかれることを徹底的に調べていくうち、その課題にひかれた自分自身を「人間」という大きな枠組みの中で客観的に知ることになります。それは人文科学研究の醍醐味です。なぜって、過去や未来の人々と自分とのつながりが見えてくるのですから。「個性」や「自分」のなんとちっぽけなことか。」
—『魂をゆさぶる歌に出会う アメリカ黒人文化のルーツへ (岩波ジュニア新書)』ウェルズ 恵子著
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ゴスペルソング、ブルーズ、ヒップホップ等々、アメリカ黒人文化のルーツをさかのぼり、彼らの歌や物語を読み解いていく内容。著者の最新書「アメリカを歌で知る」を読み終えた後、ルーツ音楽をもっと知りたくなって手に取りました。
マイケルジャクソンの歌を例にあげての黒人文化の背景に関すること、動物民話に込められた思い、トウモロコシの皮むき歌・ハンマーソングの成り立ち等、ジュニア新書という凝縮された紙幅なのに、とても中身が濃くいろいろと知ることができました。巻末で紹介されている「読んでみよう!」をはじめ、これまでに知らなかった音楽との出会いもあり、とても得した気持ちにもなりました。
その国の文化を知る上で、歴史的な背景や人々暮らしや願いを知っていくことが改めて必要だなと思います。特にアメリカ黒人文化においては、差別の歴史を踏まえることが大切ですね。大好きなユニット「やぎたこ」さんのライブのMCで語られる話にもつながって、次の6月の大阪でのライブがさらに楽しみになりました。
お勧めの一冊です。
Posted by ブクログ
現代のアメリカのポップカルチャーを牽引するのは、アフリカから奴隷として連れてこられた黒人たちが虐げられながらも手放さなかった独自の文化に由来するものばかり。アフリカン・アメリカンが作りだした歌や物語の裏にある生き延びるための思考法を学ぶジュニア新書。
先に後藤護の『黒人音楽史』を読みはじめたのだが高度な話が多く、基礎的な知識が足りないので補助線になる本がほしくて手に取った。結果としてこの本はぴったりだった。
現代の目からはアウトローに見える昔話やブルーズの歌詞が、白人の論理から逃れて生き延びるための術であったこと。キリスト教に改宗し敬虔な人も多いが、やはりアメリカにおけるキリスト教は白人を救う宗教であって、黒人は「罪人」を自称し悪魔にシンパシーを感じていたこと。ゴスペルの父と呼ばれ、黒人で初めて音楽の著作権を管理したトーマス・ドーシーや、弱き者のペルソナを被ったブルーズを別の次元へ進ませたロバート・ジョンソンのこと。
R&Bの男が受け身すぎるというのはラジオ「RHYMESTER 宇多丸のウィークエンド・シャッフル」の名物企画「R&B馬鹿リリック大行進」などでも話題になっていたけど、黒人男性が白人社会でまともな職に就くのは難しく、家政婦などの仕事がある女性が家計を支えていたせいだと説明されていたのは今まで聞いたなかで一番説得力があった。家計を支える女にフラれる=死、という式が儚すぎて笑ったけれども。
日常と死の近しさ、そして暴力との近しさが彼らの表現を過激にしていく。もちろん暴力を奮われる側、理不尽な死を強いられる側だったからこそフィクショナルな世界でそれを転覆しようとしたのである。やがてその方法論はさまざまなマイノリティたちの共感を得て、レベルミュージックからポップミュージックに変わっていった。だがグラミーでの黒人アーティストの扱いを思うと、やっぱり今でもレベルミュージックなのだろう。
Posted by ブクログ
奴隷解放で黒人は幸せになったと単純に考えていたが、その理解が粉砕された。アフリカ系のオバマが大統領になったということがいかに偉大であるかということを改めて感じた。差別が解消されるというのは長い時間、想像以上に長い時間がかかるということを、改めて実感した。
Posted by ブクログ
アメリカ黒人がつくりだした文化、特にこの本では歌を中心に、奴隷制時代までさかのぼってコンパクトにまとめている良書です。
奴隷制時代、歌は、仕事や遊びを通して伝承されるもので日常のつらさを笑いやハッピーエンドに変換するものであり、そのあとに生まれるゴスペル、ブルースなどの音楽と比較しています。
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「スタンド・バイ・ミー」
試練のただ中でそばにいてほしい
精一杯のことをしながら 友人に誤解されても
私のすべてを知るあなたに そばにいてほしい
イエスよ 谷間の百合よ そばにいてほしい
ブルーズ
ロバート・ジョンソン ストレートに心情をうたう
ペルソナに同化する
Posted by ブクログ
アメリカ黒人音楽の歴史の本かと思って読み始め、まずマイケル・ジャクソンが出てきたので、「そりゃ、ジュニア新書だもん、中高生でも知ってる超有名人から始めるよな」なんて安心しながら読んだのだが。
結果から言うと、私が好きだったアレサ・フランクリンとか、ディオンヌ・ワーウィックとか、アル・グリーンとかまでは、到底辿りつけないほど、根っこから書いてあったのだった。私が知ってるブラックミュージックはせいぜい枝程度だったということがよく分かった。
アフリカから奴隷として連れてこられ、過酷な労働を強いられ、家畜同然の扱いを受け、逆らえば、鞭打ち。殺されても、殺した白人は何の罪にも問われない。そういった事は、本でも読んだし映画でも見たのではあるが、音楽を知ることで、彼らの「魂の叫び」としか言いようのない思いが伝わった。歌は思いを伝えるものではあるが、あまりあからさまだと白人にバレるので、独特の言い回しや、裏の意味が生まれた。
黒人音楽を理解するために、そういった歴史だけでなく、黒人に伝わる民話(もとはグリム童話やイソップ寓話だったりするが、彼ら独自の解釈やエピソードが面白い。岩波少年文庫『ウサギどんとキツネどん』というタイトルで読んだ記憶がある。)、具体的な歌詞と対訳まであるので、ロバート・ジョンソン(1911~1938)で歌と歌手の紹介は終わっている。導入のマイケル・ジャクソンや「スタンド・バイ・ミー」などは別として、「漕げよマイケル」以外は知らない曲ばかりで、検索して聴きながら読んだ。
本当は本ではなく、講演を聴きながら、映像を見たり、音楽を聴いたりして理解するのがいいのだろうけど、それでも、読んで良かった。音楽の本というよりは、アメリカ黒人音楽の「ルーツ」について書いた本だった。まあ、サブタイトルにそう書いてあったので看板に偽りがあるのではない。
スティービー・ワンダーやレイ・チャールズみたいに最近の歌手についての記述はないが、20世紀初頭のブルーズミュージシャンに、盲目の人が多かったのは、妊娠中に栄養が足りなかったから、というのもショックだった。
今流行りのヒップホップなんかとの繋がりがもうちょっと書いてあると、今のブラックミュージックを聴いている若い人もわかり易かったのではないかとは思う。
この後公民権運動など差別と戦い、音楽も変わっていくので、現代ブラックミュージックについてのジュニア新書もあったらいいな。