【感想・ネタバレ】アンオーソドックスのレビュー

あらすじ

《共感の声、続々! 》
これは“わたしたち”の物語。「生きづらさ」を抱いているすべての人へ
NY Timesベストセラー! NETFLIX「アンオーソドックス」原作
自由と自立を求め、閉鎖的なユダヤ教超正統派〈ウルトラ・オーソドックス〉からの脱出をはたした勇気ある女性の回想録。


西加奈子(作家)
『心から信じられるものがある人は強い。
デボラのように、それが与えられたものではなく、
みずから選びとったものである場合はなおさら』

花田菜々子(HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE店長)
『痛快でいて爽快な読後感。
本がもたらす力を実感させる回想録』

佐貫聡美(紀伊國屋書店 和書販売促進部)
『最も困難だった時期に彼女を救ったのが物語(本)だった
というのは、書店員としても勇気づけられた』

『「この本は殺された彼女の遺言だ」という言葉に、
パーンと胸を撃ち抜かれた』
——羽原由記(レビュアー)

『デボラの不自由さ、屈辱、そして反抗心。読み進むにつれ、
昭和の片田舎に生まれ左利きであることを揶揄され、
「赤毛のアン」に跳躍する未来を読んだ少女だった私が顔をもたげてきた。
これは、人種や性別を超えた「わたしの物語」だ』
——田中美紀(教育関係者)

『当たり前は決して当たり前ではないのだ。
自分らしく生きることの素晴らしさを実感できる作品である』
——やまと(図書館関係者)

2009年秋、23歳のデボラ・フェルドマンは、ニューヨークにあるユダヤ教超正統派〈ウルトラ・オーソドックス〉のコミュニティと決別した。
幼い息子とわずかな持ち物だけを車に乗せて……
そのコミュニティでは、正しい服装、言葉を交わす相手、読んでいい本まで、すべてが“しきたり”で決められている。
英語を使うことは禁じられ、女性は人前で歌うこともできず、結婚後は髪を剃ってカツラを被ることを強制される———。
幼いころからジェイン・オースティンなどの小説を隠れて読んだデボラは、自立心に富んだ登場人物たちに触発され、自由な生き方を思い描くようになるのだが……

不自由と監視の目から逃れ、自由と自立を求め、コミュニティからの脱出をはたした勇気ある女性の回想録

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Posted by ブクログ

以前に働いていた会社を夫の転勤で去ることになった時に、同じチームの方々が送別会を開いてくれて、その時に「見るべきおもしろい海外ドラマ」として話題に上がったのが、この本を元にして制作されたネットフリックスのドラマ『アンオーソドックス』。
海外を飛び回っている方々だけに、海外ドラマに関する視点が私とはちょっと違っていておもしろく、みんなそんなに海外ドラマ好きだったなんてその日まで私は全然知らなかったので、その発見が私の送別会の席であることが本当に残念で悲しかった。
その後、引っ越しやら仕事探しやらで私もかなり忙しくなり、1年以上たってやっとドラマ『アンオーソドックス』を見た。
おそらく元同僚に勧められていなかったら見てなかったと思う。ネットフリックスは次々と新しいシリーズが出てくるので、時間がたつと埋もれてしまって検索しないとすぐに出てこないタイトルになる。
でも、見て良かった。
ウルトラオーソドックス(超正統派)と呼ばれる信仰に身をささげるユダヤ教の人々のことはそれまでまったく、名前すら知らなかったので、そこで語られるコミュニティの描写には本当に驚いた。
いや、驚いた、とかいう言葉は生ぬるい気がする。驚愕、が正しい。衝撃。そして、恐怖。
どんな宗教も、極端に原理主義的になると狂気じみてくるんだなと思った。論拠が昔の経典の「解釈」なだけに、化学や数学のような「誰が見ても同じ正解」がなくて、誰かエライ人の解釈が正解とされると、反論しようがない。

たとえば、「既婚女性は髪を夫以外に見られてはいけない」という戒律。
女性は結婚後は坊主頭にして生涯かつらをかぶらないといけないらしいが、そんなことを決めた人物は(一番偉いラビだったらしいけど)逆に性的欲求が普通じゃないくらい強いからそんなことを考えつくんでは?などと本人が聞いたら卒倒しそうなことを私などは思ってしまうわ・・・
そもそも、ホロコースト前の欧州のコミュニティではそんな戒律はなかったらしいというのもすごくモヤモヤする。
ドラマを見るまで、そんな文化が存在するということをまったく知らなかったので、ドラマで主人公がかつらを脱ぎ捨てるシーンで、目が飛び出るほど驚いたのを覚えている。

ちなみに、ドラマはこの本を原作とするとされているけど、まったく別物です。
正直、ドラマを見て興味を持ってこの本を手にとったので、本には多少がっかりさせられた。というのも、ドラマはフィクションと分かっていたので、主人公がコミュニティを抜ける方法や、その後外国で生活を立て直していく様子はやっぱりリアルではないように私には感じられた。
なので、実際にはコミュニティをどうやって抜け出したのか、その後、実際にはどうやって生活を始めていったのか、という部分を知りたいと思ってこの本を読むことにしたのだが、そういう欠落した部分はやはり詳細には記載されていなかった。
そして、何が詳細に描かれていたかというと、本人のぐるぐる回る思考が幼少期から妙にまどろっこしく描写されている。その一方で実際に起った出来事についてはやや言葉足らずで、ドラマの方がはるかに多くの情報を伝えていた。最初から最後までなんだか消化不良のまま終わった感じ。
コミュニティを出ると決意したところから準備までもっと詳細に書いてほしかったなぁ。
でも、辛いことが多すぎて、振り返るにはまだ時間が必要なのかもしれないなぁ、とも思う。

印象的だったのは以下の部分。

——エリ(=主人公の夫です)が言うには、イェシバの男子学生たちはお互いを対象にして性的に興奮するのだそうだ。周囲に女の子がいないのでそうなったのだという。そういう環境で何年も過ごしたあと、急に女性を相手に興奮しろと言われても違和感があるらしい。エリはため息をついて打ち明けた。「正直、きみに魅力を感じているかどうかもわからない。きみに会うまでは、女の子のことをまともに見たこともなかったんだ」
急に自信がなくなった。わたしをひと目見ただけでエリのスイッチが入るものと思いこんでいたけれど、彼の眼に映るわたしは、不可解でなじみのない、遠い存在なのだ。

戒律がまったく逆効果で、むしろその宗教的には悪い方向に作用しているのには、申し訳ないけど笑ってしまった。
本人たちには全く笑いごとではない重大な問題なんですが。

エピローグで、作者はこう書いている。

——もしも誰かに偽りの自分でいることを強いられているなら、あなたも勇気を出して抗議の声をあげてほしい。

偽りの自分でいることを強いられている、というのは、意味不明の宗教的戒律だけじゃなく、世の中のルール、社会的圧力、「普通であること」の押しつけなど様々あって、きっと私の想像を絶するくらい多くの人たちが孤立無援でもがき苦しんでいるに違いない。
でも、そうしたことに抵抗していくには、ものすごい力が必要とされる。たった一人で戦うものすごい力。投げつけられる無責任な言葉に負けない力。
みんなどうか負けないで、と世界中で戦っている人たちに思う。

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2026年08月15日

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