あらすじ
自由に生きられるはずなのに、かえって自由に行動できない現代社会。そこには「自由に行動すれば認められない」という承認の不安がある。誰もが自分を押し殺し、周囲に同調し続けているのはなぜなのか。どうすれば本当の自由が得られるのだろうか。承認不安の意味を哲学的に考察し、この不安を解消するための心のケアの原理を提示。さらにこの原理を、子育て、保育、教育、看護、介護などの多様な局面にまで広げ、自由と承認を得られる相互ケアによる共生社会を考える。
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Posted by ブクログ
この本を通じて「認められたい」という思いは、単なるわがままではなく、人が生きるうえで非常に根本的な感覚なのだということだった。
「存在の承認」と「行為の承認」という言葉が出てくる。
「存在の承認」とは、「あなたはここにいてよい」という承認である。
成果を出したから認めるのではなく、存在そのものを否定しないこと。私はこの考え方がとても重要だと思った。
人の行為については、価値観が違えば賛成できないこともあるし、距離を取ることもある。しかし、それでも相手の存在そのものまで否定してはいけない。
逆に、人を馬鹿にしたり、軽蔑したり、面前で否定することは、「存在の承認」を傷つける行為になる。
また、本書では「承認不安」が繰り返し語られていた。
認められない不安
否定される不安
軽蔑される不安
を抱えながら生きている。
そして、その不安が強くなると、人は自由に行動できなくなる。
空気を読みすぎる。
相手の機嫌を気にしすぎる。
本音を言えなくなる。
だからこそ、人が自由に生きるためには、「存在の承認」による安心感が必要なのだと思った。
さらに、人は給料だけでは活力高く働けない、ということも思わされた。
自分の仕事が、
誰かの役に立っている
意味がある
見てもらえている
と感じられることが大切なのだと思う。
これは「行為の承認」につながる。
そして終盤では、人は「依存を理解できる存在」だと語られていた。
成熟とは、「自分は一人で生きている」と思うことではなく、「人は支え合わないと生きられない」
という事実を受け入れることなのかもしれない。
この本を読んで、幸せとは、すごい人になることではなく、
不安を少なくし、
存在を否定されず、
自分の行為に意味を感じ、
支え合える関係の中で生きること
だと思った。
「認められたい」という軽い言葉では片づけられない、人間の根本を考えさせられる一冊だった。
Posted by ブクログ
承認不安からの脱却
集団的承認も親和的承認も得られない時は自己承認をする(社会一般の常識理解があれば可能、吟味は必要)
→普遍的自己承認
不安は危険な状況に対する無力への抵抗であり、危険を避けるように知らせている
不安が生じる→不安な自分を自覚→自己価値の低下を予感→ますます不安になる
不安の悪循環
高齢化社会でますます、障がい者や立場が弱い人が増えていく中、それを下に見て優越感に浸っていることことそが承認不安による言動
その存在を否定することは民主主義を否定することになる
存在の承認が今後の課題
学校や職場は競争意識から優劣をつけて、行為の承認ばかりを育ませてしまっている
相互ケア社会の構築
お互いに助け合う
不安が少なく、自己了解のできる人間を教育過程で育てること
子供の したい を受け入れて増やしてあげる
多様な価値観を教えて、普遍的視点を培える能力を伸ばす
それが出来なかった人もそれができた人と関わることで自己了解ができる
他者を馬鹿にしたり、軽蔑した言葉を弄することは、相手の方を引きずり下ろし、無価値なものにすることで、相対的に自分の価値を底上げしようとする、あさましい戦略なのです。
差別は自己価値の底上げを本質としています。自分の価値に自信がない人間が、他人の価値を引きずりおろし、価値のない人間として見下すことで、自分の方が上だ、自分の方が価値がある、と思いたがっているのです。本当の意味での自信がなく、能力や価値ある行為とは無関係な属性にこだわり、自分とは異なる生まれ、貧しさ、信仰、障害などを貶めようとするのです。
Posted by ブクログ
高校の時に試験用で読んで面白すぎて衝撃だったのをまたこうやって見つけられてうれしい。この本で救われる人がいると思うし気づいていないだけで承認不安のせいで苦しんでいる人がいると思う。私もこの筆者のようにそういう人を救うことのできるような小さい存在のままできることをやりたい。
Posted by ブクログ
休職期間の今読めて良かったと思う本だった。
メンタルに関する今まで読んできた本は「ストレスを発散しましょう」「べき思考は改善しましょう」みたいに「言われなくても分かってるし、できたらやっているよ!」と言ってしまいたくなるアドバイスが載っているものが多かった。
この本は「(承認)不安」にスポットライトを当てて、メカニズムや対処法を説明していて腑に落ちる記述が多かった。
中でも個人的に印象的だったのは以下の三つ。
■不安による不安
「不安による不安」によって悪循環が加速していくというのは、何となく自分でも自覚していたけれど、不安の現象学として整理されていて、そのように感じるのは自分だけでは無いと感じられて安心できた。
また、「不安を感じている時に自己分析をするのは良くない」ということなので、そういうときは目の前のことに集中するようにしたい。
■自己ルールの修正
自己ルールの歪み、行動を見直していくことで、承認不安は改善するが、すぐには治らないということが明記されていたので、焦らずに実践していこうと思う。
■承認不安を緩和できる人
承認不安に苦しんでいる人に共感し、適切な対応をすることができるのは、自らも承認不安に苦しんだ経験がある人であるというのは、少し自分の自信にも繋がった。
「弱い」ことは悪いことでは無い、活かせるようにしていきたい。
Posted by ブクログ
承認不安の根底にあるものとして、存在の承認と行為の承認の不足、と捉えるのは簡単なようで中々出てこない考え方かと思う。その克服として、まず親和的な間柄の人から存在の承認を得られると良い、ということも妥当と思う。個人的には、現代の社会は子供の頃から子供を値付けし過ぎている(南直哉さんの言う子供の商品化)と感じていたので、「条件付きの」行為の承認にどっぷり浸からせてしまっている考えは納得がいく。
とは言え、著者の意見の通り、これを解消するのは簡単ではない。まず無条件で存在を承認してくれる存在が必要、というのは確かにその通りなのだが、その当たり前のことが難しいのだ。特に、スキルや才能を磨いて自分に投資して格付けを上に、と言うたぐいの情報が溢れる中でブレずにやるのは難しかろう。
多分、大事なのは、それでも身近なところから少しずつ誰かを承認していくこと、それを続けること。また、自分が他人を必要以上に評価的に値踏みしていないか、行為の価値で人を測っていないか、自問し続けることしかないのだろう。人は少しずつしか正気にはなれないから。
また、障がいや認知症の人の行動の背景にも不安があるからかも知れない、と言う視点は個人的には新しく、はっとさせられる。そういった方たちの行動に、少し違った目を向けられたら良いなと自戒した。
Posted by ブクログ
ふだん人とコミュニケーションする上で、「承認」というものがどういう風に存在しているか、作用するか知れる本。
「認められたい」ということよりも、人が無自覚に薄々感じている「不安」が、その人の行動に大きく影響しているのだと知れてよかった。
過去の経験、体験として承認を十分に得られなかった人は、それを反映したり補償する形で歪んだ価値観や行動様式を持っているというのは自分に当てはめてもそうかもという風に思った。
存在の承認、行為の承認によって、その人の価値を認識すること、認めることが人と人とのコミュニケーションにおいて大事なんだなと思う。
Posted by ブクログ
リソースははっきりしてないが、読んでいて納得しながら読み進められる。
個人的には、障がい者や高齢者に焦点を当てて承認不安について説明している章の内容が目新しくて勉強になった。「どうしてそう考えるのか」「どうしてそうするのか」を掘り下げて質問することによって、理解と共感につなげていくという点も分かってはいるもののなかなか実践できていないポイントだったので、言語化されていることにより意識がむいてよかった。
Posted by ブクログ
人のことを行動の価値でしか見てなかったように自分のことも価値ある行為をしないと認められないと思っていた。人も自分も無条件に承認することは難しい
Posted by ブクログ
『「認められたい」の正体』の続編的位置づけ。「存在の承認」をベースとした相互ケア社会の実現が、承認不安がまん延する世の中への処方箋になるという。「存在の承認」=「ただそこにいてくれるだけでよし」については、岸見一郎氏のアドラー関係の書籍でも言及されていた。 山竹氏本人もあとがきで触れていたが、相互ケア社会については、少々理想主義的でもある。そもそも、世の中のほとんどの人は、このような新書など読まない(もっと言うと、本すら読まないし)ので、この考え方を広めていくことが課題でもある。
Posted by ブクログ
なんとなく普段感じていたことを、ある程度で学的にに言語化していただいた。著者自身がいうように「わかりやすく」書いたとされている。丁寧さの記述と繰り返しの箇所が多いと感じた。著者の考える処方箋は、「相互ケア社会」を作る上での、人に対する「教育の重要な役割」(P.231)としているが、既述にもう少し具体性があれば関係者の施策に資することができただろう。
以下に備忘録の意味でいくつか引用した。