あらすじ
イスラームは、穏健で寛容で民主的な、平和の宗教か?
かたや男性・イスラーム法学者にしてイスラム教徒=中田考。かたや女性・イスラム思想研究者にして非イスラム教徒=飯山陽。ともにイスラームを専門としつつも、立場を異にする二者が交わす、妥協を排した書簡による対話。
IS、トルコ・クルド問題、アフガニスタン中村哲氏殺害、ハラール認証、イラン情勢、コロナ禍の影響……。同じトピックを論じても、これだけ世界の見方が違う。はたして日本人は、イスラームをどれだけ理解しているか?
神の前の自由・平等?
人が獲得した自由・平等?
誰も教えてくれなかった、イスラーム世界の真実をめぐる、火花を散らす対話の記録。
「20年以上前に初めて出会った時から今に至るまで、中田先生は私にとって、全く分かり合うことのできない異質な他者です。中田先生だけでなく、私は日本の中東イスラム研究業界に属する多くの研究者と、ほとんど全く分かり合うことができません。(…)私はこの往復書簡を通して、中田先生と分かり合おうとも、中田先生を説得しようとも全く思いませんでした。私の目的は、ひとつにはもちろん、それぞれのテーマについての分析を提示することですが、もうひとつは中田先生と私の議論が徹頭徹尾嚙み合わないことを読者の方々によくよくご覧いただき、その上で、なぜこうも嚙み合わないのかについての理由を明らかにすることです。」(飯山陽 まえがきより)
「人文社会科学の他の分野と比べても職業的専門家の絶対数が圧倒的に少なくマーケットも小さいイスラーム研究が学問の名に値するものに成長するためには、どんなにレベルが低く誤解と偏見に満ちていようとも、イスラームを理解できない人、理解しようとも思わない人にさえも広く読まれる作品ができるだけ多く生み出され、流通することが不可欠だと私は信じています。(…)本書ができるだけ多くの読者の目に留まり、読者の中からたとえ一握りほどの数であったとしても、本書に書かれたことの背後にある「誰の目も見たことがなく耳が聞いたともなく心に浮かんだこともない」(預言者ムハンマドの言葉)広大で深淵な世界を垣間見、彼らに続こうと志す者たちが現れることを願ってやみません。」(中田考 あとがきより)
【目次】
第一書簡 あるべきイスラーム理解のために
第二書簡 イスラム国をめぐって
第三書簡 トルコ、クルド問題について
第四書簡 タイのイスラーム事情
第五書簡 中村哲氏殺害事件をめぐって
第六書簡 ハラール認証の問題
第七書簡 イラン/アメリカ関係の深層
第八書簡 コロナウイルス禍がもたらしたもの
第九書簡 トルコのコロナ対応をめぐる考察
最終書簡 インシャーアッラー それぞれの結語として
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Posted by ブクログ
面白え。
中田先生っちゅうのは、イスラム研究の第一人者としての地位にある方らしい。
こいつ、気持ち悪い。
この本は、同じテーマについて、飯山先生と中田先生がそれぞれ論ずる形を取っている。まあ、本の半分が飯山先生で、半分が中田先生なのだが、この中田部分が気色悪い。
全くの論点ずらし、訳のわからんグダグダな語りで何言ってるかわからん上に、我こそ絶対正義、立場の違う奴は愚民と言い切ってしまう。
飯山先生の論が、ことの正否はともかくスッキリ判りやすいのと全く色を分ける。にで、飯山先生の方が、真っ当だと考えるわけだ。
世に、イスラムこそが現代社会を越える、優しい、理論だと考える奴が多い(?)のだけど、これ読んでからの方が良いと思う。
ぶっちゃけ、飯山パートはしっかり読んだが、中田パートは、落書きだと思っていいわ。
Posted by ブクログ
イスラーム研究者界隈有名人のお二人の往復書簡。何年もずっとフォローしているが、もともとTwitterでもお互い名前を出したり出さなかったりしつつバチバチやりあっていて、最近はアフガニスタンのタリバン政権の絡みで全く正反対の主張をツイート・リツイートしあっている。はたして往復書簡なんて成り立つのか?という感じだったけど、やっぱり早々に往復形式は放棄されて同じテーマで書く方式になっていた(笑)。その違いの大きさは鮮烈と言っていいレベルだ。
ハサン中田先生はカリフ制再興のためのポジショントーク的な面をスルーすれば…とはいってもイスラム国はテロをやってない!とかあまりにひどい詭弁も多いのだが、やはり中東の歴史・情勢の分析は素晴らしく勉強になる。飯山さんのわかりやすくデータに基づいた話も面白い。高度な話になって内容について行けなかったらどうしようと思ったがそんなこともなく、楽しく読めた。
これは完全に余談だけど飯山さんの言う通りイスラーム界隈はイスラム擁護派が圧倒的で(自らの研究の意義を証明する必要があるからそうなるのもしょうがないのだが)自分の極端なリベラル的主張を織り込む人も多すぎる。中田先生は今回の話でも主張をのぞかせていたけどコロナ以降しょっちゅう反ワクチンRTしているし、Twitterは苦痛に感じてフォローできる人が少なすぎる。
近年は反イスラム擁護派の池内先生や飯山さんもアンチとやりあって急激におかしくなってしまったし、Twitterは人を暗黒面に落とす何かがあるのだろうかと思わずにはいられない。
今回そういった雑音なしに書籍で落ち着いてお二人の話を読むことができてなんだかほっとしてしまった。また書いてほしい。
Posted by ブクログ
結構面白い本です。
本書の本質は最終書簡Aに収斂しています。
長くて面倒と思われる方、時間が経って古いと思われている方、そこだけでも読みましょう。
Posted by ブクログ
中田考と飯山陽による書簡での対談本。噛み合わず、スタンスも立脚点も異なるやり取りに、最終的に飯山女史が匙を投げるような寄稿をしているのが、本音ベースでとても良い。中田考も、煙に巻くような論説を意図していたかは分からないが、元来、こうした一見さんには扱い難いテーマであり、かつ、単純な人物ではないため、仕方ないとも思うが。飯山陽も、イスラム思想研究者であり、勿論、相手として不足しているわけではない。しかし、中田考はムスリムだし、飯山陽は女性だしで、やはり大きな隔たりがあるのだ。
飯山が言うように、中田の書簡は理解が難しいし、極端に感じたり、説明を放棄しているようにさえ見えるため、イスラム初級者向けではない。
イスラム国の指導者は、バグダーディーと言う人物で、彼は全ムスリムの指導者とあるカリフを名乗っている。イスラム国とある会社は、もともと同じサラフィージハード主義でイデオロギーの違いは少ないのだが、1番違うのは、イスラム国はいわゆる「近い敵理論」でムスリムを自称するシーア派、スーフィー、世俗主義者を主要な敵とみなす。一方で、アルカイダは遠い敵、シオニストや十字軍、つまり異教徒、中でも欧米をターゲットにしている。
サラフィージハード主義の本筋は、背教者は異教徒より悪質だというイスラム学の合意に基づき、異教徒と戦う前に、まずムスリム世界を正すこと。
ハラールとは許されたものという意味。アルコール消毒ですら、ハラールではないと考える人もいる。従い、ハラール認証に盲目的に従うのではなく、イスラム教徒は自分の判断が必要。
ソレイマーニーの爆殺は、イランの国民的英雄を不法に殺害した暴挙と言う意見と、何万人もの無子の民を殺した国際テロリストを処刑した快挙という両極端に評価が分かれているが、両方的外れ。中田の主張はこの「両方、的外れ」的指摘が多いのである。
ズィンミーは唯一の正しい宗教であるイスラム教信仰を拒絶する愚かで劣ったとし、差別され、屈辱的な扱いを受けるべきだと規定されている。
東アジアのムスリムを中東が蔑視。日本がムスリム国、インドネシア植民地支配したことを問題視していない。
最後の抜粋は、二つの意味で考えさせられた内容だ。つまり、日本人がムスリムに対して天皇崇拝という信仰の強制を行ったこと。これは、許される行為なのか。そしてもう一つは、中東のムスリムが、東アジアのこうした出来事に対し、無関心であるという意味での東アジアへの蔑視。中田が指摘する点である。
イスラムを完全に理解する事はできないが、興味は尽きない。