【感想・ネタバレ】暗い絵・顔の中の赤い月のレビュー

あらすじ

新人・野間宏、戦後日本に颯爽と登場――初期作品6篇収録のオリジナル作品集
1946年、すべてを失い混乱の極みにある敗戦後の日本に、野間宏が「暗い絵」を携え衝撃的に登場――第一次戦後派として、その第一歩を記す。戦場で戦争を体験し、根本的に存在を揺さぶられた人間が、戦後の時間をいかに生きられるかを問う「顔の中の赤い月」。ほかに「残像」「崩解感覚」「第三十六号」「哀れな歓楽」を収録する、実験精神に満ちた初期短篇集。
――草もなく木もなく実りもなく吹きすさぶ雪風が荒涼として吹き過ぎる。はるか高い丘の辺りは雲にかくれた黒い日に焦げ、暗く輝く地平線をつけた大地のところどころに黒い漏斗形の穴がぽつりぽつりと開いている。その穴の口の辺りは生命の過度に充ちた唇のような光沢を放ち、堆い土饅頭の真中に開いているその穴が、繰り返される、鈍重で淫らな触感を待ち受けて、まるで軟体動物に属する生きもののように幾つも大地に口を開けている。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

「暗い絵」――
ブリューゲルの絵の描写が印象的だ。

草もなく木もなく実りもなく
吹きすさぶ雪嵐が荒涼として吹きすぎる。
はるか高い丘のあたりは雪にかくれた黒い日に焦げ、
暗く輝く地平線をつけた大地のところどころに
黒い漏斗形の穴がぽつりぽつり開いている……。

野間宏の卓越した筆致力。

この描写は、
特高警察監視下における
京大左翼活動家たちの苦境を
見事に表現している。

主人公・深見進介もまた活動家の一員だが、
他の仲間との距離感は複雑である。

仲間の一人は自分たちの行動を「仕方のない正しさ」と述べ、
活動の結果獄死を遂げる。

しかし、深見進介は言う。

「やはり、仕方のない正しさではない。
仕方のない正しさをもう一度真直ぐに、
しやんと直さなければならない。
それが俺の役割だ。
そしてこれは誰かがやらなくてはならないのだ」。

これは仲間と道を別ったうえでの発言ではあるが、
決して否定ではない。
そこには尊敬と肯定の想いがある。

これは深見進介=野間宏による、
そこに生じた歪みを引き受ける
苦渋の決断といえよう。

それは身が引き裂かれるような思いであったはずだ。
この畢生の決断と勇気を尊重したい。

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2013年04月05日

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