あらすじ
ルターに先んじたヤン・フスの宗教改革。帝国を解体し、民族・国家意識を誕生せしめ、近代への扉を開いたその思想・歴史を佐藤優が明らかにする。
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Posted by ブクログ
自分が属する保険業界への課題感として、保険を提供する者と保険を購買する者の情報と知識の非対称性があると思う。利潤は非対称性をレバレッジしなければ上がらないものではあるが、公共性の高い商材である保険商品を販売/流通する本業界において、その非対称性はどの程度正当化されるべきか?最近の悩みである。
ここ数年、ビッグモーター問題やカルテル問題など、保険を提供する側の腐敗が顕在化した。知識と情報を持ち、消費者からの信頼を付託していたはずの保険の提供者が実は不正に手を染めていたということは、業界全体の信頼を損なうものであると思う。金融庁はこうした問題から、規制の変更を進めているが、とあるリスクマネージャーの方もお話されていたが、規制が緩和されても保険を購買する側に知識と情報がなかれば仏作って魂入れずである。さらに言えば、規制は消費者を守るが、規制の遵守にかかるコストは結果として消費者に転嫁される。
本質的に必要な業界改革は、やはり、保険の購買側へ知識や情報が伝播され、非対称性が馴らされていくことにがまずは必要になるだろう。
そこで、宗教改革である。
私は中世ヨーロッパ史を専攻していたが、保険と宗教には共通点が多いと常々感じている。いずれも、告白(告知)を通じて、共同体(リスク共同体)に帰属し、将来における不安から解放される。キリスト教では、真理とされる聖典は、教えの伝播者である教会が解釈し、ラテン語のわからない民衆に伝える。民衆は教会によって解釈された教義を聴き、教会を信頼し、入信する。保険であれば、聖典は保険数理である。保険数理を踏まえて開発された保険商品を保険会社/保険代理店が販売する。保険数理までは厳密にはわからない消費者は、提供者を信頼し、保険に加入する。
宗教改革は教会の腐敗を契機とし、教義は翻訳され、人々へ伝えられる。
保険業界も近年の腐敗が明らかになったことを契機に、保険の知識や情報は翻訳されていくであろう。
しかし、フスの先駆性は言わずもがなだが、同時にフスの時代になく、ルターの時代にあった活版印刷という技術の重要性にも気づかされる。
現在における活版印刷にあたるものは何なのか?現代における技術と言えば、一丁目一番地はAIだろう。重い「問い」を前に、AIを勉強しようと重い腰を上げる。
以下引用。
●私は、ルターでもカルヴァンでもなく、ヤン・フスとフス派の宗教改革が、近代への扉を開いたと考えています。ヤン・フスとフス派の宗教改革を契機に、社会と教会が一体化し、宗教(キリスト教) が中心にあった時代から、民族、国家が主権を持つナショナリズムの時代へ、近世から近代へと移り変わったのだ、と。
●ルターは、1522年にドイツ語訳新約聖書をつくりました。すでに、グーテンベルクが考案した活版技術があったおかげで(1440年頃には完成したと考えられています) ルターの新約聖書は広まりましたが、もしフスの時代にこの技術があれば、全ヨーロッパにフスの思想が衝撃を与えたことでしょう。
●カトリック教会は、聖書に適した聖なる言語を定めていました。ヘブライ語、ギリシア語、ラテン語、教会スラヴ語です。この四言語以外で聖書を書いてはいけないとされていたのです。
●いまある既存の教会がおかしいのではないかという問題意識から、ウィクリフもフスもスタートしました。ウィクリフは、聖なる四言語の聖書では、聖職者でない一般民衆は読めないからと、聖書の英訳作業に着手します。完成前にウィクリフは亡くなってしまい、弟子たちが遂行するのですが、このウィクリフの考え方にフスは共鳴し、聖書のチェコ語訳を行ったのです。
●ボヘミアの宗教改革の中心には、常に民衆がいます。当時の教会は、疎外(貨幣、制度など、人間がつくったものが逆に人間を支配する力として現れること) された状態であることを、フスは厳しく批判したのです。(中略)ルターの宗教改革は、支配者層である諸侯間で国教会制度を生み出すという、言わば上からの改革であり、カルヴァンの宗教改革は、政治経済の特権を有した市民層が中心でした。フスが主張した平等や自由、そして聖書のチェコ語訳に見られる世俗語の優位性という徹底した意識は、近代を先取りしています。
●フスはコンスタンツ公会議に召喚されたが、神聖ローマ皇帝ジギスムントの発行した通行許可証を携行していたにもかかわらず逮捕され、法廷に立たされた。彼は自説の撤回を拒否したために異端の罪を受け、翌年7月焚刑に処せられ、その灰はライン川にまかれた。 公会議の処置に激怒したフス派教徒が、やがて皇帝、教会を敵に反乱を起こす(フス派戦争)。フスはのちにチェコ人の民族的英雄、守護神的な存在になり、とくに 19 世紀のオーストリアに対する民族運動の時代にはチェコ人の精神的支柱となった
Posted by ブクログ
宗教改革はルターからだと思っていたが、そうではなかった。何故だかわからないが、縁もゆかりもない宗教改革が気になって仕方ない。ちょっと難しいし、知らないことも多いが、読み終わるといっぱしの知識人になった気分になる。