【感想・ネタバレ】あなたならどうするのレビュー

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Posted by ブクログ 2024年01月07日

昭和歌謡をモチーフに書かれた短編集。章の始めに抜き書きされている歌詞を眺めながら、「昭和歌謡って既に終わった、あるいは終わりが見えている恋愛を歌ったものが多いのかな……?」などとぼんやり考えていた。そんな自分は平成生まれである。
少なくとも(かの有名な)『トリセツ』のような、「いろいろ手がかかるしワ...続きを読むガママも言う私だけど、これからも君は私を愛してね!よろしく!」みたいなポップさは一切感じられない。物語に当てがわれているどの歌も、だいたい「昔はこういうことしたよね、あなたのこういうところが好きだったの、でも今はあなたはいない……」みたいなしっとり(ジメジメ?)感が漂っている。これは時代の変化によるものなんだろうか。女性の社会進出が進み、自由気ままに自己主張や自己表現ができるようになったことが関係していたりはするのかな?昨今は男を翻弄する小悪魔的なヒロインを描く作品も増えているが、この小説で描かれているのはそんな流れとは逆行して、とことん男に振り回されて人生がだめになっていく女達である。

たとえば、ヤリチンに弄ばれる不器用ながら純朴な女子を描く「小指の思い出」、共に将来を誓うもやはり故郷を捨てられない男を許し、夢を追う為に一人東京へと発つ「ジョニィへの伝言」、不倫の末に夫と子供を捨てて男の元へ転がり込むも、年若い女子に鞍替えされてしまう「あなたならどうする」など。
我々は読者という第三者視点で俯瞰的に見ることができるので、男の態度が途端につれなくなったり、明らかに怪しい言動が出てきたりすると、どの物語、どの男女の関係においても必ずどこかに「終わりの予兆」を感じ取る。だが悲しいかな、恋は盲目という言葉が指すように、その渦中にいる女達にとってはそれは知る由もないこと……あるいは気づいていても敢えて見ない振りをしているようで、その愚かさが愛おしくも切ない。

優しかったあの時の彼、口説かれた当初の熱っぽい眼差し、初めて抱かれた時の温もりなど……そうした過去の楽しい記憶を何度も思い返し、それだけを頼りに最後まで男を信じ縋ろうとする彼女達を見ていると、なんとももどかしい気持ちになる。「もっといい男とまともな恋愛しなよ〜!」なんて台詞が口に出かかったあとで、「いや……これは余計なお世話かもしれない……」なんて思い直したりして。実際こういう底なし沼にハマっている人たちの生々しい話は、フィクションだからこそ楽しく読めているのかもしれない。身近にこういう、まさに身を滅ぼすような恋愛をしている人がいたら、果たしてそんなハッキリ「やめとけ〜!」と言うことが出来るのか。どうなんだろうな……あなたならどうする?残念ながら、わたしにはそう言い切れる自信がない。

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Posted by ブクログ 2022年10月31日

さて、そこのあなた、今から私があなたの年齢を当ててみましょう!はい、次の文章を心の中で読んでみてください。

「あなたならどうする」

九文字からなるこの問いかけのような文章。あなたは今、心の中でこの九文字をどのように読んだでしょうか?

どのようにって?何、言ってんの?そう感じたあなた、は...続きを読むい、あなたは昭和をご存知でない歳の方ですね!当たったでしょう。一方で、「あなたならどうする」という九文字を目で追う時に、自然と頭の中で

♪ シ ♯ラ シ ドー シ ラ ソ ♮ラ シー ♬

そんなメロディーが鳴っていた、そう、あなたです。あなたは間違いなく激動の昭和を生き抜いてこられた方です。

ここで取り上げた「あなたならどうする」という九文字は、1970年にいしだあゆみさんが歌われて大ヒットを記録したというそんな時代を知る人にはとても懐かしい歌のタイトルでもあるのです。

このレビューを読んでくださっている皆さんの年齢はマチマチです。1970年という時代にこの世に生きていらしたかどうかは当然に異なりますし、生きていても子供か大人かでその印象は変わってもくるでしょう。

一方で、時代を問わず、私たちは歌の歌詞の中に一つの世界を感じる瞬間があると思います。歌を聴いて、そこに幸せを感じ、歌を聴いて、そこに涙する、それは、その歌を聴いたあなたがその歌の世界観の中に囚われる瞬間を見るもの、そんな風に言えるかもしれません。

さて、ここにそんな歌の歌詞に刻まれた世界観の上に物語を構築していく作品があります。”昭和歌謡”の数々を取り上げたこの作品。”昭和歌謡”の歌の中に時代を超えて確かに息づく男と女の関係をしっとりと描くこの作品。それは、井上荒野さんが描く昭和の哀愁漂う男と女の物語です。

九つの短編からなるこの作品。作品間に繋がりはありませんが全ての短編がその冒頭に”昭和歌謡”の歌詞の一部が記され、その歌詞の世界観を描いていくという特徴を持ちます。では、その中から冒頭の短編、沢田研二さん〈時の過ぎゆくままに〉の冒頭をいつもの さてさて流でお送りしましょう。

『時の過ぎゆくままに この身をまかせ
男と女が ただよいながら
堕ちてゆくのも しあわせだよと
二人つめたい からだ合わせる』

『新館の裏庭と言うべき場所にあ』る喫煙所へ赴き、『ベリーショートで、脚にぴったり張りつくデニムをはいて、襟の詰まった赤い半袖のTシャツという、少年みたいな姿』をした一人の女性に目を吸い寄せられたのは主人公の尚人。『放心したように煙を吐き出し続け』る女を見る尚人は、自身が煙草を忘れたことに気づき唖然とします。『指先がドラム缶の側面をリズミカルに叩いて』いるという女に『ピアノ?』と声をかけると、女は『尚人に煙草の箱を差し出し』ました。『「ありがとう」と言って』火を点けた尚人は、それが『十二年ぶりに吸う一服だ』と気づきます。『尚人に煙草をやめさせる』『理由となった』娘の綾の誕生を経て『尚人は三十九歳、妻の百合子は四十五歳で、結婚十二年目の夏』という今、五年前に手術をしたものの、『局所再発が見つか』り、『一年に一度』レーザーで焼き切る日々を送る百合子。女と出会ったのはそんな『百合子と一緒に病院へ行った』日のことでした。女の夫が『大がかりな、むずかしい手術をした』と聞く尚人。そして後日、再び赴いた病院で女と再開した尚人が『これから見舞い?』と声をかけると『これから一時間くらい時間、ある?』、『待っててほしいの、ここで。一時間で戻ってくるから』と答える女。『あるよ』と答えてしまった尚人が待つこと一時間半以上、『いてくれたのね』と女は戻ってきました。そんな女は『車に乗せてくれる?』と訊きます。そして、車を走らせた尚人。そんな室内で名乗り合う中、尚人は女の名前が花穂であることを知りました。ラブホテルへと向かう二人。そして、主人のことを『転移があったのよ。もうお腹中に散らばってるって。持って一年だって』と、『抱き合ったあと』に一時間半以上尚人を待たせた理由を語る花穂。そんな花穂は、『薄々わかってたことだけど』、『それでも耐えられないと思ったの』、『ひとりきりじゃ、とうてい』と続けます。そして、『おかげで耐えられたみたい』と、『ベッドの縁に』『裸で腰掛けて』言うのでした。一方で『花穂の体はゴムみたいに自在だった』と思う尚人は『めちゃくちゃにしたい、という気持ちを抑えることができなかった』とその瞬間のことを思います。そして、『すこしでも空き時間が捻出できれば、花穂の携帯に連絡する』という尚人は、『今では尚人の日々は、花穂と会える時間とそうでない時間でしかなかった』という感覚に陥っていきます。『正確に言うなら、花穂とセックスしているときと、していないときだ』という尚人。そんな風に尚人が花穂のからだに堕ちてゆく。冒頭の歌詞の世界観の物語が描かれていきます…という最初の短編〈時の過ぎゆくままに〉。冒頭に提示された歌の世界観を描いていくというこの作品のコンセプトを絶妙に提示してくれる好編でした。

“恋も愛も裏切りも、すべてが詰まっていた ー。井上荒野が昭和の歌謡曲をモチーフに書いた短編集”と内容紹介にうたわれるこの作品。上記でご紹介したように、各短編タイトルの冒頭にタイトルの歌の歌詞から数行が抜き出され、その後に、その歌詞の世界を落とし込んだ物語が描かれていくという構成をとっています。似たような発想の作品としては、”おじいさんが、竹やぶで光る竹を見つけた。切ると、なかには小さな女の子が入っていた…”という「かぐや姫」の一節など、昔話が短編ごとに冒頭に提示され、その世界観を物語に落とし込んでいく三浦しをんさん「むかしのはなし」。”不倫相手の妻の殺害を依頼  32歳女逮捕”といった新聞の記事の内容が各短編ごとに冒頭に提示され、その記事に書かれた事件の背景がリアルに描かれていく角田光代さん「三面記事小説」などが思い浮かびます。三浦さんがインスパイアされた”むかし話”、角田さんがインスパイアされた”三面記事”に対して、この作品で井上さんがインスパイアされたのが”昭和歌謡”となります。まさしく、”お題”を元に物語が生まれていくという、なかなかに興味深いアイデアだと思います。一方で、歌にインスパイアされて物語が生まれるということでは、乾くるみさん「イニシエーション・ラブ」も同様ですが、乾さんの作品では歌詞の引用がなく、その歌を知らなければ別途調べるしかありません。その点で、この井上さんの作品では当該の歌詞のまさしくインスパイアされた箇所が抜き出されて冒頭に提示されます。それによって、まずその歌詞を読んで読者は頭にイメージを浮かべた上で、物語を読むという流れの中に、読者が思い浮かべたイメージと描かれた世界の比較含め、なかなかに興味深い読書ができるように思いました。

そんな作品で取り上げられる歌はまさしく”昭和歌謡”です。残念ながら?リアルで私が知る曲はなく、タイトルと歌詞の抜き出しを読んでも今一つピンとはきません。この辺り、登場する”昭和歌謡”をご存知の方とそうでない方で読後の印象は随分と変わってくる気がします。歌詞の抜き出しがなければ、”昭和歌謡”を全く知らない方にはただの短編としか感じられないだろうとは思いました。では、そんな中から私が気に入った作品を三編ご紹介したいと思います。その曲の発表年や歌手の名前も調べましたので併せて付記します。

・いしだあゆみさん「あなたならどうする」: 1970年。『ミシンの音で揺れる小部屋』で働く主人公の『私』は、『紅花畑にいる一郎さん』の姿を窓から見つけました。『食事のとき、私と一郎さんは同じテーブルに座る』という二人の関係。『ここでは百人近い男女が暮らしてい』るという日々の中に、『二十三歳』、『私よりちょうど一廻り若い』薫ちゃんが入ってきました。一方で『外車を売る営業マンだった夫と、八歳の息子』のことを思い浮かべる『私』。そんなある日、薫ちゃんと一郎が並んで座るのを見た『私』は…。

・和田アキコさん「古い日記 」: 1974年。『あの頃はふたりとも若かった』と19歳の頃のことを思い出すのは主人公の『あたし』。『弁当屋の店員』という『あたし』は、客として来る正輝が気になります。そんな正輝に電話番号を教えた『あたし』は深夜に正輝から電話を受けます。そして『黒いスーツ姿』で現れた正輝の1DKで暮らすようになった『あたし』は『岩崎コウジさんのお母様ですか』というように人様の家を訪ね歩く、ある”仕事”を始めます。

・中条きよしさん「うそ」: 1974年。調剤薬局の薬剤師として勤める主人公の『俺』。そんな『俺』は、『たぶん彼女の母親が飲むのだろう』と思われる処方箋の量に在庫が不足したため、後で届ける旨伝えます。そして訪ねた家は『駐車場の横が工事現場』で停めた車には土埃が積もっていました。そんな車が気になる『俺』は、後日、女の家を再訪し車を洗います。そこに作業員が現れ、埃にクレームをつけた『俺』。一方でそんな車のことをきっかけに『俺』は、その家の女、『白井嶺と関係を持つようになっ』ていきます。

これらの作品は”昭和歌謡”に歌われる男と女のさまざまな関係性を井上さんらしい舞台背景の上に世界観を再現するが如く描かれていきます。例えば表題作の〈あなたならどうする〉の歌詞を見てみましょう。

『嫌われてしまったの 愛する人に
 捨てられてしまったの 紙クズみたいに
  私のどこがいけないの それともあの人が変ったの』

そんな歌詞の一部が提示されます。そして描かれる物語世界では、上記でも触れたとおり、『食事のとき、私と一郎さんは同じテーブルに座る』という関係性にあったはずの主人公。『私が生きる目的は彼。私は一郎さんのために生きている。私がこの世界に生まれてきたのは、一郎さんを愛するため』とまで言う主人公の目の前の幸せな風景が、ひと回りも年下の薫の登場によって音を立てて崩れゆく様が描かれていきます。そんな中、『考えろ、考えろ、考えろ。何が起きているのか』と焦る『私』。そして…と展開していく物語は、まさしく歌詞に歌われる世界です。

私たちが音楽を聴くとき、どこまで歌詞の意味を考えるかは人それぞれだと思います。歌詞を大切にする人もいれば、そこまで歌詞の意味を考えたりはしないという人など、それはさまざまだと思います。そんな私はと言えば、あまり歌詞の意味を考えないタイプの人間です。もしかすると、クラシック音楽の交響曲を聴くような感覚で人声を楽器の一つとして聴くスタイルがそうさせているのかなとも思います。そんな私は普段歌詞をじっくり見たりすることはありません。それが、この作品と出会ってまず冒頭の歌詞をじっくり読んでその歌詞の世界をイメージした上で物語を読むということを繰り返すことになりました。そして、そこに感じたのは思った以上に深い人と人とのドラマと、その場面が内在する人の心の奥行きの深さがそれらの歌詞に刻まれていたことでした。

『ふたりきりであることを幸福だと思えたのは最初の頃だけだった。そのうちそれは圧倒的な寂しさになり、最終的には恐怖になった』。

そんな風に描き出される”昭和歌謡”の歌詞の世界の奥深さに驚くこの作品。そこには、井上さんらしく『あるいは骨折 ー 娘は四歳のときに公園の遊具から落ちて右手首を折った ー とは違う』という”ー”で繋いで語句の説明を入れていく独特な文体や、『自分自身がごく薄い殻の卵になって、不安定な高い台の上に置かれているようでもあった』など美しい比喩表現が作り出す独特な世界観の物語が描かれていました。”昭和歌謡”を知らなくても、冒頭の歌詞の引用で、それぞれの物語が描こうとする世界観が絶妙に伝わってくるのを感じるこの作品。

読後、登場した昭和歌謡の数々を聴いてみたくなった、とても興味深いコンセプトの作品だと思いました。

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Posted by ブクログ 2021年01月14日

*恋も愛も裏切りも、すべてが詰まっていた――。井上荒野が昭和の歌謡曲をモチーフに書いた短編集。
病院で出会った男と女の行き場のない愛(「時の過ぎゆくままに」)、カルト宗教の男を愛してしまった女の悲劇(「あなたならどうする」)、冷酷非情に女を乗り換える男の理屈(「うそ」)。他に「東京砂漠」「ジョニィへ...続きを読むの伝言」など昭和歌謡曲の詞にインスパイアされ生まれた9つの物語*

個人的には大好物系です!ねっとりとした昏さと諦観さが根底に漂う、大人の男女ならではのお話たち。
だめだとわかっているのに、自分ではどうしようもない感情。そして、それを冷静に眺めて、受け入れてもいるもう一人の自分。その描写がとにかく巧いです。希望の見えるラストでもないのに、読めば読むほど何かがじんわり染みてくるような、クセになる読後感です。

そして、このお話たちは、出来れば単行本で読むのがお勧め。装丁が内容にぴったりで本当に素敵。一見華やかで楽し気なのに、よく見るとモノクロの中に哀しさを秘めた表情の女性たち・・・本を閉じるたび、物語とリンクしてため息が出ます。

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Posted by ブクログ 2020年08月02日

9編すべて、タイトルは昭和歌謡。各編最初に歌詞の一片が掲載されています。よくもこんなにもぴったり合う話を作り上げたものだと感心。井上女史ならお手の物でしょう。

全編読んで思ったのは、本作には登場しない同時代の昭和歌謡『しあわせ芝居』のよう。この曲は中島みゆきの作詞作曲で自身が歌っているバージョンも...続きを読むあるけれど、桜田淳子の歌うバージョンが聞こえてきそう。

しあわせ芝居の舞台裏に気づいてしまった主人公たちは、大げさに泣き叫んだりしない。何事もなかったように進むだけ。でも決して前向きには見えず、希望のかけらもない。痛々しくて虚しい空気が漂います。

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2021年02月15日

題材となった昭和歌謡を聴いてから読むとより話に入り込める。
一話一話が短く、読みやすい。
男性の9割がクズ。こんな男いるか?と思うくらい清々しいほどのクズ。「サルビアの花」の方だけは幸せになって欲しい。

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Posted by ブクログ 2020年07月30日

井上先生の書く性の描写はなんとも柔らかくてぐじゅっとしてる。
それもドロドロとしたスープというより、とろりとしたたるハチミツのドリンクみたい。
嫌悪感もなくなんかわかる気がする。

実際の歌謡曲からインスパイアされた作品たちは現代を描いているはずなのに、どこか遠い国の話のように感じた。
歌謡曲好きな...続きを読むので、うだる暑い夏によく似合う小説だとおもいました。

江國さんも仰るとおりかなしみがそこここにあります。

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