【感想・ネタバレ】ふだん着の寺田寅彦のレビュー

あらすじ

胃を悪くしても甘いものや煙草、コーヒーが止められず、医者が嫌いで、子どもに対しては異常なほど心配性……。寺田寅彦の背中を追い続けてきた著者が描くとっておきの姿。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

ふだん着の寺田寅彦

著者:池内了
発行:202年5月20日
   平凡社

日経新聞朝刊の連載小説は夏目漱石を描いた「ミチクサ先生」(伊集院静著)だが、数日前から熊本の五校時代の寺田寅彦が登場し、俳句で弟子入りした夏目漱石先生とのやりとりが始まっている。寺田はその後帝大へ進学し、日本の物理学者として歴史上の人物にもなった。随筆家としても有名。そんな寺田寅彦について、手紙などの資料から素顔を分析しているのがこの本。著者の池内了氏も、二つの国立大学の名誉教授でもある有名な物理学者にして、文章の達人でもある。お兄さんは昨年他界したドイツ文学者の池内紀氏。

1878(明治11)年生まれの寺田寅彦は、1935(昭和10)年、50代で死んでいるが、まず1919年に胃潰瘍で吐血し、長年の慢性化により胃がんになり、頭蓋骨は脊椎骨、肋骨、骨盤とうに転移し、「転移性骨腫瘍」で命を落としたと医師はみたてている。3度、病床に伏せって苦しんだが、最後まで甘い物、コーヒー、煙草がやめられなかった。医師から控えるように進められても、例えば、「煙草の味を感じるのは、舌や口蓋や鼻腔粘膜などよりも、もっと奥の方の咽喉の感覚で、謂わば煙覚とでも名づくべきもののような気がする」「人間は煙草意外にいろいろな煙を作る動物であって、これが他のあらゆる動物と人間とを区別する目標になる」と屁理屈を言ってはやめなかったらしい。

医学も医師もあてにならない、と公言しての医師嫌いがたたった面もあった。当時、日本では物理学に比べてまだまだ医学は遅れていたらしいが、がんを本人告知しない時代だったが、医学を信頼していなかったのか、本当のことを知りたくなかったのか、真相は謎の部分もあるようだ。なお、はじめは夏目漱石の主治医である尼子医師に診てもらっていたようだ。

妻とは2度の死別を経験し、3人の妻との間に5人の子供がいたが、子供にはとても心配をし、あれはだめ、これはだめ、男は、女は、という普段とは矛盾するダブルスタンダードがあったそうだ。

ゴリゴリの物理学者の人間くささには、微笑ましい点も多々あった。

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「ねえ君、不思議だと思いませんか?」という彼のおなじみの問いかけは、彼の新しい物好き=先見性の現れであると言えるのではないか。

池内了氏は、寺田のがんと放射能との因果関係についてはまるきり荒唐無稽でもないと考えている。寺田は医療機関で使わなくなったレントゲンをもらってきて改良し、X線回折実験を行った。当時、X線と健康に関することはまだあまり分かっておらず、その因果関係は否定しきれないれないという。

天皇崇拝や家父長制、女性差別に関しては何らの疑いも持たなかったし、生粋の愛国者であり、ナショナリストだった。彼がリベラリストであったのは科学や防災に関わる分野だった。
ただし、反戦ではなかったが、積極的には戦わない「非戦」ではあった。

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2021年03月30日

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