あらすじ
宇多喜代子、大串章、長谷川櫂、復本一郎、黛まどからが選考する、若手俳人の登竜門、神奈川大学全国高校生俳句大賞。高校生俳句の珠玉の作品集。
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Posted by ブクログ
2022年9月に締め切られた「神奈川大学全国高校生俳句大賞」の作品集。5人の選者によって選ばれた最優秀受賞作品、入選作品を集めたもの。
たぶん初めて俳句をまとめて読んで、正直どういうものが良いものなのかよく分からなかったが、選者の人たちの座談会というのが面白かった。同じ作品でも人が変わればこんなに捉え方が変わるのか、とか、正直「好みの問題」として片付けられそうな問題も、ちゃんと「どういう好みか」が言語化されている感じが面白かった。例えば「蓄音機の針の微動や星月夜」という句に対して、「俳句の形に馴染みすぎているような気がする。妙にうまいのですよ。このうまさがちょっと気に入らなかった」(p.34)とか、「私はこれはいただかなかった。今、四人の選者のご意見を聞いていて、なるほどと。肯定の意味での『なるほど』ではなくて、現俳壇のプロの俳人の方たちはこういう傾向の作品を高く評価するのかと、一研究者として興味深く聞いていました。なぜ私はこれを採らなかったかを一口で言うと、『浪漫過多』。(略)研究者の私から見ますと言葉が先走っている。この作者がロマンチストであることは分かるが、そのロマンが少し過剰なに句の上に、あるいは表現に出ているのではないかなという感じがしたからです。」(p.35)とか、結構手厳しいこと言うな、という感じだった。「秋天を突くバーベルを重くして」みたいなバーベルを入れた3句については、「ちょっと妙な感じを持ったのです。体育会系と俳句がグロテスクにくっついている感じがして、僕は採りませんでした」(p.43)って、グロテスクってちょっと酷い(笑)。別の作品の、「何を言っているのかよく分からないので、どちらも感心しませんでした」(p.44)はえらい正直だな、とか。あるいはさっさと切り捨てたのか。「最近の俳句はだんだん難しくなってきていて、俳句は知識で成り立っているように思う人が多くなっていますが、ややついて行けないところがあります。そこまでいくと他の短詩形のポエム、詩などに完全に遅れを取ってしまうわけで、俳句というのは庶民が生きている実感で詠っていくというところに根元があるような感じがします。(略)もちろん知は大事です。知がないと全くの時代遅れの文学になってしまうけれども、知を俳句の表面であまり表すのは何となく違和感があるのです。」(p.46)と一人が言った後に、「でも、落選にした句はほとんど分かりやすい句ですよ。分かりやすいが故に落としている。」(同)というやり取りとか、簡単じゃないんだな、っていうことが分かって面白かった。
初めて触れた俳句の世界だったが、コロナという時勢を反映した作品で、コロナかどうかは分からないけど「冬の朝ひとりで逝った弟よ」「まだ八つ寒くないかと遺影抱く」とか、確かにこの17音だけで色々想像して泣けてくる芸術って、おれにとっては新しい世界で、しかもそれは、どこかのえらい人が詠んだわけではなく、高校生が詠んだ、というところに、胸に来るものも感じて、意外と楽しめた。でも俳句の中で使われる漢字ってなんでこんな難しいんだろ、とか思ったり。(26/02)