あらすじ
中国から茶と喫茶文化が渡来し、日本で茶の生産が始まり、茶を飲む文化が形づくられていく過程を、最新の研究成果をもって、平安時代から現代までたどります。
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Posted by ブクログ
日本における茶の伝来や生産・普及について、主に京都周辺の寺院や、栂尾・宇治などを事例に、平安時代から近代までを概説する。
日本茶の歴史について簡単におさえる上で参考になる。
茶に関する史料を用いながら伝承との齟齬などに言及するスタイルや、参考文献を巻末に載せるやり方は好感を持てる。
Posted by ブクログ
茶が日本でどう受容され根付いてきたのか、10年前の本ながらいまだ新しく感じながら読める。
かつて自生種とされるヤマチャだが、これは否定され中国大陸から伝来したと考えられている。
大内裏茶園が史料に見える日本最古の茶園。
茶は禅とともに広まったとはいえず、鎌倉時代までは顕密寺院で広まった。
茶は洪水には強いが、霜や獣害には弱かった。苅田狼藉のようなこともあった。
中世後期以降は庶民でも緑の抹茶を飲めた。
戦国末期まで栂尾もトップのブランドだった。高山寺の相続争いで没落が決定的になった。
槙島砦の戦いで義昭に味方した味木と宇治大路の茶園は信長に没収された。
宇治は初期ブランド茶として無上と別儀を出した。覆下栽培など改良があり、覆下栽培の最初のブランド名が1581年に登場した極上で、1986年12月を最後に初期ブランド茶の無上は消失した。
新茶珍重が変わるのが16世紀はじめで、口切りが催されるようになる。それでも利休の頃も新茶も大事にされていた。
近代において茶は重要な輸出品となった。