【感想・ネタバレ】内的時間意識の現象学のレビュー

あらすじ

現代哲学、思想、そして科学にも大きな影響を及ぼしている名著の新訳。フッサールの現象学はなによりも学問の基礎づけを目指すが、その際「いちばん根底に横たわる」問題が時間である。時間は一瞬で流れ去るのに、多くのものはなぜ持続的に「存在する」ということが可能なのか。フッサールは、「客観的時間」というものへの信憑を括弧に入れて、それが意識のなかでどのように構成されるのかを解明する。そして、時間を構成する意識それ自体が時間のなかに現れてくるという根本的な事態に光を当て、「意識の壮大な生体解剖」を行う。詳密な訳註と解説を付し、初心者の理解を助ける。

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感情タグBEST3

Posted by ブクログ

今性に執着した観念論的意識内時間の解体作業。
客観的時間、つまり時計時間は人間の意識内時間を下敷きに構成されていく。
把握、保持、予期の3要素が結びつき「流れ」、つまり時間的意識が芽生える。
時間についての考察は毎度面白い。


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2025年09月26日

Posted by ブクログ

有名なアウグスティヌスの問題提起以来、哲学上最大の難問の一つ「時間」に、フッサールが集中的に取り組んだ労作。こんな本があったのか。
フッサールらしく厳密で難解、この難問に相当苦労しつつ取り組んでいる様子が窺え、とても面白く読んだ。
特に、時間推移を説明するに当たって例として常に音楽の「旋律」を取り上げ続けているので、ますます私の最近の主要な関心に近く、参考になった。
私なら旋律の認識に関しては「ゲシュタルト」という用語を導入し、その「ゲシュタルト全体」は「部分=個々の音」の集結を待って形成されるのではなく、最初の一断片、2音めからすぐに、同時的に立ち現れているという点に着目するだろう。
また、ここでのフッサールに感じられる限界は、彼が常に「意識=主体」を軸にしており、また、現在ではよく知られている科学知をもっていないために、西洋の伝統的な「空間|時間」という2面の並列性にこだわってしまっているところだ。
思うに、生あるところに時間の介入しない次元は存在しない。
空間を知覚するばあいにも、視覚の光学的刺激が網膜からいくつもの神経を通過して大脳に到達するまでに、「ほんの一瞬」とは厳密に言い切れないほどの「時間」がすでにかかっているし、さらに「意識」は後付けでやってくるものなので、0.5秒の遅れを常に伴っている(ボタンを押すと「意識/意志」が決定する0.5秒前に、彼はボタンを押してしまっている)。
それゆえに、知覚自体が既に「時間」的な経験であり、「時間」を経由しないで我々は何も知覚することはできない。
「空間的な知覚」と思い込んでいることが既に「時間的な知覚」なのである。
カメラは人間の能力よりも迅速に「瞬間」をとらえるが(それでも厳密な意味で時間=ゼロではない)、しばしば写真を見て「え? こんな表情してたっけ??」と驚かされるのは、我々が事物を瞬間ではない時間の継続をとおして把握しているからだ。
このような点において、私は本書に「突っ込みどころ」を感じるのだが、それでも、ここに展開される(おそらく苦渋に満ちた)フッサールの思考の圧倒的労力は高く評価したいと思うし、参考とすべき箇所も随所にあるのである。

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2017年08月11日

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