感情タグBEST3
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懐疑について、デカルトの懐疑は一見考えられるように極端なものでなく、つねに注意深く節度を守っている。
個性について、詩のように美しい個性賛歌である。「個性の奥深い殿堂に到る道はテーバイの町の門の数のように多い。」から始まる。
何度でも読みたい。
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高校の現代文の教科書で「旅について」で,三木清に出会ったと思う.高校生ながらにして,とても引きつけられる文章で,国語の授業として読むものというよりも,何度も読み返して反芻したくなるものだった.
最近,岸見一郎さんがこの三木清の人生論ノートを解説する本を出したりして,もう一度じっくりと読みたくなった.色々な出版社からも出ているけれど,角川ソフィア文庫から岸見一郎さんの解説で出版されたものがあったので,購入した.
解説を読むと,より深い理解が得られる.この人生論ノートがどのような時節に書かれたものなのか.そういったことも踏まえてもう一度読み直すと,凄く攻めていることがわかる.
哲学というものの扉を開く,良い読み物だと思う.何度も反芻して読み直したい.
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「人生論ノート」P173の『語られざる哲学』の中で三木は自分のことを正直に書いている。私は今まで獄中で死んだ彼をおとなしく理性的な人物だと思っていた。意外な感じがしたが、魅力的な行動的な人間だという印象を新たにした。
思索を重ね、語られざる哲学の意味をじっくりと醸成していく様子を読み続けたい。
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人間は幸福だと幸福のことを考えない。
内面的なだけでは幸福ではなく、幸福は表現するもの。外に現れて他の人を幸福にするものが真の幸福。
古代には成功は存在せず、幸福が目指すところであったが、現代は成功が主要な課題となり、幸福は関心事ではなくなった。
成功と幸福を同一視することは憐れむべきことである。
ヘーゲルの哲学は、一時的に熱狂的に信奉されるが、やがて顧みられなくなる。
すべての悪は、孤独であるこたできないところから生じる。創造的な生活は虚栄を知らない。孤独は山にはなく街にある。大勢の人間の間にある。
すべてのストイックは本質的に個人主義者である。
ひとは軽蔑されたとき最も怒る。自信があるものはあまり怒らない。
瞑想はつねに不意の客である。思索と瞑想は違うもの。対話している間は瞑想はできない。
我々の生活を支配しているのは、ギブアンドテイクの原則である。すなわち利己的になるのは意識的にならなければできない。利己主義者は期待しない、信用しない人間である。
感傷には常に何らかの虚栄がある。
人生は仮説的なものである。常識には仮説的なところがない。
「善く隠れる者は善く生きる」自然のままに生きることは隠れることである。そのくらい世の中は虚栄的である。
娯楽は近代的な観念である。機械技術によって娯楽と生活を対比するようになった。娯楽より生活を楽しむべき。
希望は運命のごときものである。運命だから絶望的である。失われる希望は期待と呼ぶべきもの。消して失われないものこそ希望。
旅には旅のあわただしさがある。旅はつねに遠くあわただしいもの。旅の利益は、初めてのものを見ることではなく平素自明のものに驚異を感じ、見直すところにある。
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内容は難しいですが、色々なテーマが書かれているので何かしらプラスになる部分が必ずあるはずです。
瞑想を不意な来客と書いてある部分は面白かった。
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NHKで紹介していた一冊。
何とか読みきった…というのが本音です。難しかった…
ただ、最初の「人生論ノート」は比較的平易な言葉で書いてあります。
人生で起こるいろんな出来事や感情について、「なるほど」とか「わかるわかる」といったような共感できる記載が折々あります。
とはいえ、こういう種類の本は、作者の考えを一方的に突きつけられるもので、物語のように読者の想像が入り込む隙がないため、読むのは疲れるかもしれません。
哲学にご興味ある方、ぜひ。