あらすじ
夏目漱石は、探偵が嫌いだ――。『草枕』では登場人物の口を借りて、「探偵? 何の役に立つかの。なけりゃならんかいの」と、こっぴどくくさしている。しかし、2016年が漱石の没後100年、2017年が生誕150年という節目の年だと聞けば、漱石の義理の孫にあたる「歴史探偵」が黙ってはいない。本書では、漱石を“先生”と呼ぶほどに愛してやまない著者が、『吾輩は猫である』『坊っちやん』『草枕』『こころ』などの名作を、隅から隅まで深読みし、ユーモアを交えて解き明かしていく。●有名な一文、〈吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生れたか頓と見当がつかぬ〉の「頓と」とは? ●『坊っちやん』の「バッタ騒動」には明治日本への批判のまなざしが隠されている? ●門下生の一人、和辻哲郎に「遺した全著作より大きい」と言わしめた漱石の人柄とは? など、著者ならではの歴史的な視点をまじえて、名推理が繰り広げられる。文豪の知られざる素顔と、名作の新たな魅力を発見できる1冊。
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Posted by ブクログ
「草枕」読後、もう少し漱石さんに入り込んでみようと思い、本書を手に取ってみた。これは半藤氏の漱石話に特化したエッセイで、買った当初もチラチラとつまみ読みをしていたが、途中で「やっぱり漱石の作品を読んでみてから楽しもう」という考えがよぎり、それから書棚に「積読」となっていた本だ。ちょうど、「草枕」を読み終わったばかりなので、絶好のタイミングと思い再度手に取った。
著者の半藤一利氏は、その奥様(末利子さん)が、夏目漱石のお孫さん(漱石の長女・筆子さんの娘さん)という、漱石とは非常に密な関係にある作家ゆえ、漱石の作品については相当にお詳しい。しかも、「歴史探偵」との異名を持たれているほど、歴史(特に昭和史)にはお詳しいだけでなく、その探偵としての推理・探求力が抜群に魅力的な方だ。
本書では、漱石の代表作をいくつも取り上げ、その小説に出てくる文章の背景にはなにがあるのか、その謎解きの数々がエッセイとして綴られている。その他、木曜会のエピソードを初めとする数々のエピソードや、漱石と付き合いのあった文人たちとの会話の様子の紹介、漱石という人の49年の人生とその人となりが暴き出されていく。
全ての探求が面白く、これを読むとまた、再び漱石の作品をイチから読みたい気分になってくるが、今回は特に「草枕」に関する記述について、興味深かったところをちょこっと触れてみたいと思う。
最初のほうに、「『草枕』は俳句的小説である」という漱石の自解が紹介される。「草枕」の発表は1906年(明治39年)で、漱石39歳の時の作品だが、それまでの若き日に俳句づくりに傾倒していて、松山・熊本時代には1500句あまり詠んでいたという。
この俳句を小説にとりこんで、ただ本文の中にいくつかの俳句が出てくるというのではなく、文章全体に、過去に作った俳句を隠し味として盛り込み、「美を生命とする俳句的小説」を書こうとしたというのが、探偵の推理だった。実際にその隠し味の種明かしもされているので、その通りだと思う。
もう一つ、後半で紹介されていた裏話は、これまた半藤探偵ならではの非常にマニアックなエピソードだった。「草枕」発表の1906年は、まさしく日露戦争終結の翌年であった。
この頃の日本は、亡命者も含めたくさんの中国人留学生を受け入れており、その中には「日本を手本にして新国家を建設しよう」と考える孫文をはじめとした、のちの辛亥革命の担い手たちが数多くいた。そして日本人にも、そういう中国の若者たちの活動を一生懸命応援する人たちがいた。
そういう中国の革命同志たちの面倒をよく見、自宅までも活動拠点として開放していたくらいのすごい日本人に宮崎滔天という人がおり、その奥さんのお姉さん(義理の姉)に前田卓子(つなこ)さんという人がいて、その卓子さんも「革命おばさん」と呼ばれながら、一生懸命応援活動に取り組んでいた。
その前田卓子さんこそは、実は漱石が熊本時代によく遊びにいっていた熊本の前田温泉の別邸・小天温泉の主人の娘で、漱石自身は前田卓子さんの消息を知り、すかさず温泉通いのシーンを小説に取り込んで、前田卓子さんを小説のヒロイン・那美さんとして描いたのだと、つまり「草枕」の魅力的なヒロイン・那美さんのモデルになったのがこの前田卓子さんだったと探偵は突き止めている。
「草枕」から全然話はそれてしまうが、歴史探偵の異名をとる半藤氏は、この宮崎滔天氏や前田卓子さんの活動を称賛する反面、この時に日本政府が開始した「中国人排斥、留学生を取りしまる法律の制定」などを「お粗末」と述べていた。のちに孫文によって中華民国ができたときには、日本人への感謝などはなくなってしまっていただろうと。
民衆どうしの温かい交流を政府がぶっ壊す・・・何か、ごくごく最近目の当たりにしている情勢と似てはいないかな?(個人的感想)。